世界のくらし

パリのくらし “暮らし方多様性”前編

“賃貸をDIYして暮らす”

パリには、一軒家がほとんどありません。基本は、アパルトマンでの集住スタイル。これは、はるか19世紀から同じ形式。なので、パリでは築100年以上のアパルトマンが今でも多く現役で使用されているのです。
持家率も30%以下。フランス全土でも58%程。比べて東京は45.8%、日本全体の平均は約61%なので、住まいの意識も差があるように感じます。(出展:
2013年 総務省の住宅・土地統計調査

ただしパリの住宅は、借家の場合でもDIYが可能な場合が多く、住人が思い思いの居住空間を創る事が可能です。
賃貸住宅をDIYして暮らすスタイルがメジャーなのです。




DIYを奨励する取組みとしてつくられた、「La REcyclerie(ラ・ルシクリュリー)」。

かつては駅舎であったものの、70年以上放置され、忘れられていた場所を活用しています。無駄を減らす(Reduce)、繰り返し利用する(Reuse)リサイクル(Recycle)という3つのRをコンセプトにしています。
ホームがあった場所はバーに、ホームは共同の菜園に、階段は鶏小屋にと、様々な形で駅舎を利用しています。ともすればネガティブな印象になりかねない‘廃墟’が、一気通貫したコンセプトとプログラムの構成により、プラスの価値に変換された素晴らしい事例。
また、この施設が出来て話題になった事により、もともと、あまり治安の良くなかったこの地区に新しい人の流れが出来て、周囲の雰囲気も変わったようです。




(写真左) 工具の貸し出しをしてくれるアトリエ。DIYの方法もレクチャーしてくれる。
(写真右) 「ラ・ルシクリュリー」内にはカフェも併設されにぎわっている。



“社会住宅という存在”

パリの住宅を語る上でもう一つの大きな特徴が、パリ市の政策として集合住宅が多く建てられている事。フランスは共和主義であるので、古くは1900年代から、低所得者に向けた社会住宅が建てられてきました。それらの建物は今でも現役で使用されています。



こちらは、シテ・モンマルトル。1930年に建てられたパリで最も古い社会住宅です。屋根の上にニョキニョキ生えているのは、暖炉の煙出しで、中にある部屋の数と一致します。
 
地価、家賃の高騰により、現在でも深刻な住居不足問題を抱えているパリ。フランスでは、人口3,500人以上の都市は全戸数の内、最低でも20%以上の社会住宅を建設しないといけないという法律が2000年に定められています。その為、パリ市でも、多くの社会住宅が建設され続けられています。





こちらは、1960年代に建てられた社会住宅。この部屋に住まわれている女性に実際にお話しを聞きましたが、30年以上この場所に暮らしているといいます。手入れの行き届いたあたたかな空間でした。



こちらは、1990年代に一度目の大規模改修を実施し、2010年代に再度バルコニーを外付け増築工事を実施したそう。住民は部屋に居住したまま、一日で一世帯分の解体増築を仕上げる超スピード工事だったと言います。






ワークショップから選ばれた2人1組の若手建築家によって手掛けられた個性的な20棟の集合住宅が並ぶ通り。
このワークショップは、9つの建築事務所、調整役の事務所、地元の議員や住民という多くの登場人物を巻き込んで行われたもの。ここにある全180軒の内の140軒が社会住宅です。17区ピエール・ルビエール通り。低コストながら工夫された建物がズラリ。この通りを作る為に、道路を一方通行にし、道幅も半分にしました。
このようにパリの住宅は、日本とは大きく異なり賃貸住宅や社会住宅を中心に成り立っています。50年前、30年前、そして近年。どんな年代に建てられた住宅も、長く活用していくために、修繕や増改築、コストカットなどさまざまな工夫が行われています。




“新しい商店街の形”

パリでは選挙の時に「市民の心を掴むには、マルシェ(市場)へ行け!」と言う程にマルシェ(市場)は市民にとって身近な存在。もともと、パリでは、スーパーで買い物をするよりも、八百屋、肉屋、チーズ店など、それぞれの専門の商店で買い物をする方が好まれるそうです。その流れに着目した新しい試みも始まっています。



3区にある「ラ・ジュンヌ・リュ(若い通り)」は、近年、空き店舗の目立つシャッター街。その事に目を付けた資産家のセドリック・ノードン氏は、何と一帯の店舗(約30店)を買い上げて、ここに人々の集まる新しいスポットを創る事を発案しました。環境に配慮した食材の産地と消費者をつなぐ、食のプロジェクトと、地域再生プロジェクトが同時に進行中。住宅だけでなく、商店にもリノベーションの流れが訪れています。


もともと肉屋だった場所を使ったアルゼンチン料理店。肉屋の設備をそのまま装飾として活用しています。
 

取材・撮影:2015年