シェアする暮らし

シェア暮らしでのつながりを活かし、茨城と都市の架け橋になる。

近年、多様化するライフスタイルや働き方に合わせて、一人暮らしや実家暮らし、友人やパートナーとのシェア生活など、住まいの選択肢が広がっています。特に、都心近郊のシェアハウスは、一軒家から元企業寮をリノベーションした大型物件など規模も特徴もさまざま。
 
シェアハウスと聞くと、一般的には「入居の初期費用や生活費が抑えられる」などの金銭面のメリットや、入居者同士のにぎやかな交流の様子が思い浮かびますが、そこで過ごした時間が人生のターニングポイントになることもあるようです。
 
今回は、横浜駅のおとなりのJR「東神奈川」駅にあるシェアハウス「シェアプレイス東神奈川99」での暮らしを経て、茨城県城里町の地域おこし協力隊として働くことになった坂本裕二さんに、お話を伺いました。
 
シェアハウスは約1年間という短い期間の入居だったようですが、そこでの暮らしで、坂本さんの生き方や価値観はどのように変化したのでしょうか?


地方と都市をつなぐパイプができた、濃厚な1年間
 
―坂本さんは、もともと茨城県のご出身なんですよね。
 
坂本裕二さん(以下、坂本):はい。茨城県内のデザイン事務所での仕事をはじめ、これまで様々な職種を経験してきました。僕は人と人、企業と人のマッチングを図るのが好きなのですが、茨城県内のプレイヤーって大体みんな知り合いなんですよ(笑)。「内にこもっているだけじゃ分からないこともあるだろうな」と思って、フットサル関連の会社に転職したことをきっかけに、職場から近い「シェアプレイス東神奈川99」に引っ越しました。
 
―シェア暮らしをしてみていかがでしたか?
 
坂本:東京や横浜の人たちとのつながりができたので、一度外に出てみて正解でしたね。駐車場付きの物件だったのですが、仕事で知り合った人に「横浜で車生活をしながらシェアハウスに住んでいます」と自己紹介すると、面白がってもらえたのもよかったです。
 
それに地方から引っ越してくると、職場の人としか関わりを持てなくて、なかなか友達をつくれないじゃないですか。でも、シェアハウスに住んだおかげで様々な職業や年代の人と出会えたので、知らない土地での暮らしが楽しくなりました。

以前入居していたシェアハウス「シェアプレイス東神奈川99」のリビングで当時の暮らしを振り返る
以前入居していたシェアハウス「シェアプレイス東神奈川99」のリビングで当時の暮らしを振り返る

―シェアメイトの方々と、どのような日々を送っていたのでしょうか?
 
坂本:いま振り返ると、華やかで賑やかな毎日を送っていましたね。もちろん静かに過ごしたいときは個室にこもれるので、きちんとプライベートを確保できるようになっていますが、僕はバックパックで世界一周の旅をしていたこともあり、人が集まるコミュニティが好きで。家のなかでは、仕事や恋愛の相談を交えながら、夜遅くまで共有ラウンジで盛り上がっていました。
 
家の外では、職場のフットサルコートにみんなが遊びに来てくれたこともあったし、自転車で東神奈川から小田原まで行ったこともありましたね。あとは、当時シェアハウス内で同じ趣味を持つメンバーと作った“ランニング部”の活動に参加したり、また同じ運営会社であるリビタのシェアハウスにはこの物件と合わせて横浜に3つのシェア物件があるのですが、物件担当者の方と一緒に合同運動会を企画したり、1年間とは思えないほど濃い日々を過ごしました。


if design project がきっかけで、地域おこし協力隊に
 
―現在は、茨城県城里町の地域おこし協力隊として働きながら、複業で移住支援の仕事や、中小企業とパラレルワーカーのマッチングを図っていると聞きました。
 
坂本:そうなんです。「シェアプレイス東神奈川99」に住んでいたときに、同じくリビタさんが企画・運営する、茨城県の自治体や企業と連携して地域の課題を解決する「if design project(イフ・デザイン・プロジェクト)※」に参加したことがきっかけで、いまの仕事につながりました。
 
当時、僕はスポーツを軸にした地方創生プランを企画する「スポーツ×地域」のチームメンバーとして活動していて。サッカーJ2のクラブチーム・水戸ホーリーホックの廃校を利用したクラブハウス「アツマーレ」をどのように活用するかを、水戸ホーリーホックと城里町の方々と一緒に考えました。

水戸ホーリーホックと城里町の未来を考えるセッションを開催した際の様子
水戸ホーリーホックと城里町の未来を考えるセッションを開催した際の様子


坂本:ずっと茨城県と都市の架け橋になりたいと思っていたし、フットサルの仕事にもいきそうなプロジェクトだったので、参加前から縁を感じていましたね。
 
そして3ヶ月間の「if design project」の終了後に、城里町役場の方が地域おこし協力隊に誘ってくださって。キャリアチェンジについて悩む部分もありましたが、喜んで待っていてくださる方や、応援してくれる人もいたので、思い切って茨城県に戻ることを決めました。「if design project」が人生の転機になったと思っています。
 
―地域おこし協力隊として、城里町でどんな取り組みをされているのでしょうか?
 
坂本:町民や外部の人を巻き込むことを意識しながら、引き続き「アツマーレ」に携わっています。Jリーグ、水戸ホーリーホック、城里町の共催で、10年後の「アツマーレ」について考えるワークショップを開催できたのは嬉しかったですね。あとは、都市部の人に移住してもらえるように働きかけることがミッションなので。交流都市の江戸川区での農産品販売など、城里町のPRや移住支援にも力を入れています。


人との関わりのなかで視野を広げて、自分らしさを見出す
 
―シェア暮らしによって、坂本さんの生き方や価値観に変化はありましたか?
 
坂本:シェアハウスに住んだことで、凝り固まっていた視野が広がりましたね。以前、昔ながらの体質の会社で働いていたことがあったのですが、固定概念が強い環境だったのでとにかく息苦しくて。仕事中心の生活を送っていたので、僕もいつの間にかその価値観に染まっていたところがあったんです。
 
でもシェアハウスのメンバーはすごく自然体だし、裏表がない気持ちのいい人が多くて。「人生とは、仕事とはこうあるべき」という個人の意見を押し付けずに、対話を通してお互いの考えを尊重しあえる雰囲気があったんですよね。

シェア暮らしで得た価値観を語る坂本さん

坂本:いま思い返すと、バックパッカー時代に出会った人たちも固定概念がないんですよ。誰も「旅はこうあるべき」なんて考えていなくて、「それいいね!」「これもカッコいいよね」って他者の意見を受け止められるんです。
 
―そういう環境に身を置いていると、考え方が柔軟になって、キャリアをはじめ人生の選択肢が広がりそうですね。
 
坂本:はい。これからの時代は、そんなふうにバックグラウンドや立場が違う人たちと、お互いの考えを尊重し合う姿勢が大切になると思っています。僕にとっても、人との関わりを通して自分らしさを見出せるシェアプレイスに住んだことが、新たなステップを踏み出すきっかけになりました。
 
―シェアハウスを退去された後も、住人さんたちとの関わりは続いていますか?
 
坂本:最近入居した新メンバーや、いまは別の場所で暮らしているOBたちと一緒にフットサルをしています。あとは城里町の家にも遊びに来てくれていますよ。陶芸体験をしたり、ヨットに乗ったり、みんなにとっての別荘みたいになっているかもしれません(笑)。町民の方々も、若い人たちが遊びに来ることを喜んでくれています。

坂本さんの住む城里町の古民家へ当時のシェアハウスメンバーが遊びに来た際の様子
坂本さんの住む城里町の古民家へ当時のシェアハウスメンバーが遊びに来た際の様子

坂本:「シェアプレイス東神奈川99」を卒業した後も、顔を出せばみんなが「おかえり」と言ってくれるので。いまでも横浜や東京を身近に感じられているし、シェア暮らしをしたおかげで人生のたのしみが増えました。そして、一度県外に出たことによって得られたつながりを活かしながら、城里町をさらに盛り上げていきたいと思っています。

 
取材:2020年10月
interview & photo_ 馬場澄礼
 
 
※「if design project」とは
 
2018年度からスタートした、茨城県が取り組む「令和2年度つながる茨城チャレンジフィールドプロジェクト業務」の一環として、株式会社リビタが茨城県外で働く個人・クリエイター・フリーランス人材と共に、茨城県内企業及びその地域の課題解決の企画を行う、フィールドワーク+講義+ワークショップによる実践型デザインプロジェクトのこと