リノベーション
ストーリー

リノベーションストーリー まちとくらしの再構築 "LYURO 東京清澄篇"

例えばロンドンのテムズ、パリのセーヌ、バンコクのチャオプラヤー、もしくはカイロのナイルというように、長い歴史を重ねた大都市ほど、街の景観を決定づける、印象的な川の流れがあるような気がする。東京の場合、街の風景にとって欠かすことのできないものといえば、それは「隅田川」だと断言できる。例えば江戸時代の浮世絵や川柳など様々な形で人々の愛着が表現されてきたように、この水流は常に庶民とともにあった、家族のような存在だからだ。



清澄白河駅で降りて隅田川の方角へ歩き出す。重なり合う首都高速が空を覆い、スーツ姿のビジネスマンが通りを行き交う様子は、日本の心臓部そのものの光景といえる。けれど隅田川大橋に出て川から吹く風を感じた瞬間、心は不思議と落ち着きを取り戻す。橋を渡り、川沿いの遊歩道をホテルに向かって歩き出す。ふと海水の香りが漂う、汽水域独特の匂い。海が間近であることを肌が感じ取る。五感を開くことで風景をより精密に感じ取る。そうすることで、旅はよりドラマチックなものになる。



 





 広々とした川沿いのデッキへ上がり、ホテルに到着する。土地の特性や建物の特徴を活かし、地域ごとにコンセプトの異なるシェア型複合ホテルを展開する「THE SHARE HOTELS」が、2017年4月にオープンした「LYURO 東京清澄」だ。
まずはチェックインを済ませる。川をイメージしたブルーのグラデーションで覆われた廊下を歩くと、水の中を深く潜るような不思議な気分になる。部屋は一転して、リラクゼーションを感じる白を基調としている。江戸時代の隅田川を描いた葛飾北斎の浮世絵を用いたり、隅田川の水を用いて描いた水彩のブルーをパターンにしたり、趣向を凝らした壁に目が行く。リバービューの個室には川を臨むバスルームが設置されている。

再びフロントで、その不思議なネーミングついて尋ねてみて、すべてがストンと腑に落ちた。
「川の流れを意識して『流路〈リュウロ〉』という言葉から付けています」








ホテルスタッフに勧められた清澄庭園がすぐ近くにあるので足を伸ばしてみる。大きな池を囲むように全国から集めた美しい石が配され、数寄屋作りの料亭が佇み、美しい野鳥が羽を休めている。明治の代表的「回遊式林泉庭園」は、東京下町を代表する名所であり、地域住民にとってかけがえのない場所だ。
周辺には昔ながらの割烹や小さな町工場がひしめく一方で、醸造を行う都市型ワイナリーがあり、サードウェーブコーヒー店が競うように出店している。古さと新しさが溶け合うように同居する、都心東エリアの現在を象徴する風景がとても印象的だ。
 



その日は1年のうちに何度も訪れないであろう好天の一日だった。
日が傾きかける頃、ホテルに戻って2階のテラスに行くと、すでに様々な人が川を眺めながらビールやコーヒーを飲んでいた。歩くことに夢中になっていた私も急激に喉の渇きを感じ、バーカウンターに向かう。そこには「アウグスビール」が提供するクラフトビールが数種類用意されていて、ホテルに併設された清洲橋醸造場で製造されているオリジナルビール「春うらら」がリリースされたばかりと知り、迷わず注文する。春らしい軽快さとホップの苦味のバランスが絶妙で、川の流れを眺めながら喉を潤す気持ちよさが、ビールからさらなる旨味を引き出してくれるようだ。






日が沈んでも恋人たちやサラリーマンのグループ、女子会らしき3人組などが心地よい風と船の行き交う音をBGMにそれぞれの時間を楽しんでいる。この「かわてらす」は、夏の京都でよく見られる「川床」を東京に移設したような空間なのだが、実は水辺の更なる魅力向上と地域活性化を目的とした実証実験を東京都とリビタが取り組んでいるものだという。「かわてらす」に訪れた女性が「すごーい!」と感激して声を上げる。「何か飲もうか?」とエスコートする男性のちょっと誇らしげな顔が、このスペースの利用価値を端的に物語っている。






 ホテルに併設する「PITMANS」はアメリカンスタイルの肉料理とスモーク料理を売りにする新感覚のレストランだ。ヘルシーな赤身肉を中心にじっくりと焼くことで出る旨味や匂いを調味料として肉に閉じ込める調理法は、本格的なアウトドアBBQに近いスタイルと言っていい。肉が焼き上がるまでの間、クラフトビールを口にしつつ、スモーク料理の秀逸な味と新鮮な野菜を楽しむ。眼下に目を向けると、犬を連れた近所の人やペットボトル片手のランナー、外国人観光客や赤ちゃんを寝かしつけに散歩する若い父親までが、心地よい夜風を浴びながら歩いている。やがてそのうちの何人かは、階段を登ってテラスへやってくる。「LYURO 東京清澄」では、誰もが水辺での時間を楽しめるオープンスペースとして、この開放的な「かわてらす」が機能しているのだ。





翌朝、かわてらすを臨むレストラン「PITMANS」の一角でワークショップが開催されていた。
「GLASS-LAB/グラスラボ」による、世界でひとつだけのオリジナル万華鏡製作と「PAPETERIE/パペティエール」による、ペーパークラフト(クイリング)による紙バッジの制作。万華鏡作りには子ども連れの家族が、紙バッジ作りには主に女性の参加者が集まっている。こうした地域に開かれたワークショップやフリマ、またはヨガクラスは定期的に行われているという。この日、ワークショップを開催していたのは地元で開業するガラス作家と老舗の紙屋さん。ホテルのスタッフが積極的に地元を回り、地域行事にも参加する中でつながった人脈だ。いわく「下町の人はとても心が温かい」そうだ。
 

 


周囲は工場や倉庫が点在する、どちらかといえば活気に欠けるエリアだった。そこに「LYURO東京清澄」がオープンして、地域のヒト・モノ・コトが出合う公共空間が用意された。東京という人間関係を築くのが難しい都市で、人々が自然と集まり、つながる。そこに旅行者という異なるベクトルを持つ人々が化学反応を引き起こすとき、2020年代の東京下町にふさわしい、新しい何かが生まれる気がしてならない。
 
取材・撮影:2018年5月