リノベーション
ストーリー

リノベーションストーリー まちとくらしの再構築 "HakoBA 函館篇"

様々な土地を旅して回るフォトジャーナリストが、
「リノベーションによる再生」に注目し、そうした土地を訪問し、滞在して綴るフォトエッセイ

 
坂の多い函館の中でも「最も美しい坂」として愛されている、石畳の敷かれた八幡坂のたもと。穏やかな湾を望み、すぐ背後に山が鎮座する一角に佇むふたつの建物は、ある時代の函館を象徴したものだという。
 
 1932年に「安田銀行函館支店」として建設され、1968〜2010年までは「HOTEL NEW HAKODATE」として利用された、昭和初期のアールデコ建築。ベイエリアの風景に溶け込む赤レンガが目を引き、2011年まで「テディべア美術館」として親しまれた「旧西波止場美術館」。全く異なる用途として使われていたふたつの隣接する遊休施設を「THE SHARE HOTELS」が宿泊施設として再生させたのが、この「HakoBA 函館」だ。





フロント・ロビーに入ってまず目に入ったのが、壁いっぱいに描かれたウォールアート。そのモチーフが函館山であることが見て取れる軽快な作品は、函館出身のグラフィックアーティストであるワビサビさんによるもの。年代を感じさせる船の舵輪が置かれているのも気になった。不思議に思いスタッフに尋ねてみると「リノベーション時に建物に残されていたものです」との返答が。かつての「HOTEL NEW HAKODATE」は「函館どつく」の造船技術者たちによって改修されたという記録があり、舵輪は当時の名残ではないかという。かつては外国からの船員たちや作家、俳優などが好んで宿泊する、函館で一目置かれるハイソなホテルだったそうだ。









「HakoBA 函館」となって「BANK棟」と名付けられたその建物の中に入ると、吹き抜け部分に「HOTEL NEW HAKODATE」当時に使用されていた看板が飾られていた。ホテルのオープンを知ってふらりと立ち寄る地元の人は、この看板を見て「懐かしい!」と声を上げるそうだ。昭和初期の西洋建築だけあり天井はかなり高く、そして各部屋やブックラウンジに残されたアールデコ調の窓やアーチ、梁などから、当時の流行や美意識を垣間見ることができる。建築の知識がある人にとってはさらなる興味が尽きないだろう。部屋はツイン、ダブル、メゾネットなど20室。開国によって海外の文化が流入し、街と融合した時代の空気を感じながらステイする貴重な体験。さらに函館のことを深く知りたくなったら、銀行だった時代の面影を色濃く残すブックラウンジに並んだ書籍やフォトブックを手にとってみると良いだろう。









 一方の「旧西波止場美術館」だった赤レンガの建物は、「DOCK棟」と呼ばれ、個室13室とドミトリー32ベッドから構成されている。港町函館を象徴する赤レンガを連想させる木の色で特徴づけられ、ドミトリーベッドにはマリンランプをイメージした照明を取り付けるなど、細部に工夫を凝らし旅情を掻き立ててくれる。ルーフトップにはシェアキッチンがあり、そこから一歩外へ出ると函館湾を一望するテラスが。これらパブリックスペースでは寿司作りのワークショップや朝ヨガなどが行われ、宿泊者だけでなくローカルに向けても開放しているとのこと。また3Fにはちょっとしたごろ寝や、子どもと遊ぶにはピッタリプレイルームがある。宿泊客の6〜7割は海外から、冬になると東南アジアからの旅行客が増えるという。水揚げしたての地魚を朝市で仕入れ調理する人もいれば、ヨガに精を出す人もいて、ハンモックでイビキを立てる人もいれば、雪を見ることを心待ちにする南国の人もいる。実に様々な目的を持った多様な人々が集う場所が「HakoBA 函館」の面白さなのだと実感する。








 


街へ出よう。私は北海道に着くと、決まって地元で人気の回転寿司店へ直行する。ホテル支配人の奈良さんが教えてくれたのは「まるかつ水産」。北海道の廻るお寿司屋さんのネタは大きく、味がこの上なく素晴らしく、そして安いのだ。そうしてお腹を満たした後、函館を舞台に数々の作品を残した映画監督の森田芳光氏(故人)が「街全体がオープンセット」と喩えた、美しい町並みの中を歩く。旧函館区公会堂、カトリック元町教会、旧相馬合名会社、函館中華会館、現在はカフェ&レストランとしても営業されている太刀川家住宅店舗・・・様々な歴史遺産を訪ね歩くうちに点と点がひとつの線になり、在りし日の函館の姿がくっきりと浮かび上がるような感覚に浸る。やがて日が傾き、雨が降り出した。雨は石畳をしっとりと濡らし、暗くなりはじめた街に独特の色気を与える。古めかしい教会の前にあるバス停で、仲良くひとつの傘に収まる学生服姿の若いカップルが目に入った。すると突然、彼らの背後から船の汽笛が「ボーッ」と街中に響き渡った。









路面電車に乗り函館山の麓にある谷地頭温泉に立ち寄り、とても北海道らしい、重たいお湯を楽しむ。その夜はホテルの1Fにある「PIER H TABLE」で地元の風味を楽しむことに。地元漁師や地域農家から直接仕入れた、旬の魚介類や野菜をシンプルかつ一工夫を凝らしたプレート。シェフはノルマンディー地方の料理からインスピレーションを得ているという。北海道やポートランドのクラフトビールを楽しんでいるのは地元の常連さんたち。窓越しに港を眺めていると、立ち寄った「はこだて工芸舎」を運営する堂前さん夫婦の言葉が蘇った。彼らは「HOTEL NEW HAKODATE」時代の、風情のあったバーをよく利用していたそうだ。「25年前、この辺にはもっと古い建物が残っていました。それがバブル期以降の開発で少しずつ姿を消して。「HOTEL NEW HAKODATE」が閉業して、いつか取り壊されるのかと少し不安でした。でも「HakoBA 函館」となって人が戻ってきた。これで良かったのだと思います。」

 
取材・撮影:2018年