リノベーション
ストーリー

リノベーションストーリー 街とくらしの再構築 "HATCHi 金沢篇"

このところ「リノベーション」という言葉を耳にする機会がぐっと増えた気がする。それを聞いてイメージするのは、自宅などの個人的な居住空間の改装。けれども今、街や地域に新たな価値をもたらす可能性を秘めたリノベーションが各地で始動している。
例えば、宿泊施設。地方都市の繁華街やオフィス街で借り手の付かない空きビルをホテルとして再生させ、ローカルを巻き込んで街を活性化するという、先進的で刺激的な試みだ。「日本経済は活力を取り戻しつつある!」と喧伝される昨今ではあるが、一方で商店街がシャッター街になり、建物がコインパーキングになり、街の中心部には空きビルが目立つ。地方都市を旅すると、そうした残念な事実を目にする機会が少なくない。
 
北陸新幹線が開通して首都圏からの観光客や外国人旅行者でごった返す金沢といえども、似たような問題を抱えているという。リノベーションホテル〈HATCHi 金沢〉は、そうした経緯の中から誕生した宿泊施設のひとつ。かつて地元で「仏壇センター」と呼ばれていた建物を改装し、2016年3月に金沢にオープンしたホテルだ。ドミトリー形式の部屋が大半を占めるため、自由な旅を好む比較的若い世代にぴったりの宿といっていい。



金沢駅から市内バスに乗ってひがし茶屋街の手前の橋場町へ。百万石通りと城北大通りがぶつかる交差点に、赤茶色のエントランスが特徴的な建物があった。
 
ロビーには、若者たちのグループ、その横でバックパックを背負いインディペンデントな旅を実践する外国人旅行者がコーヒーを片手にラップトップを開き情報収集をしている。レセプションで鍵をもらい入室したのは、〈SHARED ROOM〉というドミトリータイプの部屋。
 


上下2段になったベッドスペースがずらりと並んでいて、窓際には、あえてむき出しにしたビルの骨格が、周囲のインテリアと違和感なく溶け込んでいる。ベッドスペースはかなり広く、木のぬくもりを感じさせ、大人数の相部屋とはいえプライベート感を上手に確保してある。従来型のドミトリーではなく、カプセルホテルの進化系といった趣きだ。
 
早速荷物を置いてラウンジでプランを練ることに。するとエレベーターの前や非常階段に置かれた、北陸を拠点にするアーティストたちの作品が目に飛び込む。



さらに見渡してみると、現代的な感性で長田製紙所(福井県越前市)による越前和紙を用いたガラス扉のスクリーンペーパー、遊びのある作品を数多く生み出す上出長右衛門窯(石川県能美市)による九谷焼のランプシェードやエントランスのオブジェ、「momentum factory Orii(モメンタムファクトリー・オリイ)」(富山県高岡市)による銅器着色のキーホルダーやレンジフード、日東電機(石川県輪島市)のマリンランプ(船舶用照明)など、現代の北陸で生み出されている伝統をアップデートした芸術作品や工芸品が館内のいたるところに散りばめられている。


エントランスでは「ハッチで乙女の金沢展」(※2017年9月に開催)なるポップアップショップが開催されていた。陶磁器、ガラス、うるしなど、伝統的な工芸の盛んな土地で育まれたモダンな感性がセンスよくセレクトされていて感心する。



ホテルのスタッフ曰く、〈HATCHi 金沢〉は旅行者をよりディープな旅へと誘う「発地」として、北陸の魅力的なヒト・モノ・コトを集め頻繁にイベントを行っている。その数は年間80ほど。北陸を舞台に活躍をする人々と国内外から訪れる旅行者を結びつけようとする積極的な仕掛けだ。
ポップアップショップを主催し、ガイドブック「乙女の金沢」の仕掛け人でもある岩本歩弓さんが金沢市内の出身と知り、ローカルな情報をあれこれと伺う。江戸時代のままの家や路地。金沢は古いものが当たり前のように残されているから、たくさん歩くと面白い発見がある、とアドバイスをもらう。



「行く先々でオススメを聞くのも良いのでは?『最近何も聞かれない。スマホで調べごとして食事の写真を撮っておしまい、という人が多くて』とお店をやっている知り合いがボヤいていましたし」
 
 〈HATCHi 金沢〉のある橋場町は昭和初期に栄えた繁華街だったそうだ。地下は小さな飲み屋が軒を連ねていた飲食街。現在はスナックの看板一つを残し、シェアキッチンになっている。



その夜は、歩いて10分ほどの「金沢の台所」と呼ばれる近江町市場で地元の魚や加賀野菜を買い込み自炊することに決めた。



魚屋の主人に勧められた赤ガレイで煮付けと、脂が乗ったノドグロを塩焼きに。それらを能登ワインのシャルドネと一緒に楽しむ。暖流と寒流がぶつかる石川県沖の魚は上品な旨味が際立っている。
 


キッチンには先客がいた。アジア系のグループに鍋を囲む若い女性たち。10人ほどの仲間同士でワイワイと食卓を囲み、ボードゲームで無邪気に盛り上がっている女性たちの中には〈HATCHi 金沢〉で働くスタッフもいた。
見知らぬ者同士が、もしくは旅行者とローカルが、自然と交わることのできる自由なスペースとしてキッチンは機能している。女性の輪の中にひとりだけいた男性が、笑顔でどら焼きを差し出してくれた。彼は通りを挟んだ斜向いで和菓子屋さん「はやし」を営む4代目。ここがオープンしてからというもの、1Fのカフェでハンドドリップコーヒーを飲んだり、スタッフに季節の和菓子を差し入れしたりと、ごくごく自然な近所付き合いをしているそうだ。



「『あそこ、なんだか面白いことやっているよね』と近隣の人と話題になりますよ。あまり知られていない、マニアックな北陸のモノ・コトを発信するイベントが多いから、私たちのようなローカルにとっても地元の魅力を再発見する良い機会になったり」



金沢で古くから栄えた茶の湯文化は和菓子の発展をもたらした。「はやし」を利用する客は9割が地元の人と聞き、金沢人が好む味覚をお土産にしようと思いついた。季節を感じさせる生菓子にカステラ、甘納豆。



紙袋を抱えて店を出て、すぐそばの浅野川大橋を曲がり主計町の裏路地へ。



一日を通して賑わう川向うのひがし茶屋街とは打って変わって、古の金沢を保存する風情をゆったりと堪能できる静かな茶屋街。買ったばかりの菓子をほお張ると、飾り気のない甘味がゆっくりと口の中に広がった。その瞬間、金沢という土地の懐へ、すっと入り込めたような気がした。