お金とくらし

美術家と編集家の夫妻が鎌倉で実現する心地いいリノベーションの暮らしとは |紫牟田和俊さん・伸子さん

「こだわりあふれる心地いい住まいに住みたい」という誰もが持つ願いを実現するためには、いくつものハードルがあります。その一つが「予算」でしょう。美術家の紫牟田(しむた)和俊さんと、編集家・デザインプロデューサーの伸子さんは、歴史ある鎌倉の地で大きなアトリエと開放的なテラスがある2階建てのリノベーション住宅で暮らしています。しかし夫妻は、その心地いい住まいを得るのに最初から多額の資金を用意していたわけではありません。こだわりと予算とを天秤にかけながら、じっくり時間をかけていい物件を見つけた後、13年たった今もなお、暮らしながら少しずつ手を加えているといいます。そんな夫妻が感じる心地いい住まいとお金の関係とは―。
 
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【プロフィール】
紫牟田 和俊(しむた・かずとし)
美術家。東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業、同大学院美術研究科修了、同博士後期課程満期退学。主な個展にT&Sガレリア「横溢(おういつ)するカルナシオン」(2002年・東京)、T&S HOMEギャラリー(05年・東京)、秋山画廊(06年・東京)など。
 
紫牟田 伸子(しむた・のぶこ)
美術出版社『デザインの現場』『BT/美術手帖』副編集長、日本デザインセンタープロデュース室チーフ・プロデューサーを経て、2011年に独立、個人事務所を設立。「ものごとの編集」を軸に企業や社会・地域に適切に作用するデザインを目指し、企業や地域の商品開発、ブランディング、コミュニケーション戦略などに携わる。
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基準額を設定して、条件を加えるとどれだけ増額するか検証した
 
―なぜ新築ではなくリノベーションを選んだのですか?
 
伸子さん:私は新築か中古かというよりも、新しい家を得るならどういう選択肢があるのかということのほうが気になりました。例えば、新築であれば私たちの生活に合う良いデザインが作れるのか否か。土地と古家が付いている物件だったらどんな風に手を入れられるのか、中古住宅であれば直すべきなのか壊すべきなのか……。そういうことを考えながら不動産屋さんが送ってくれる図面を見ていました。
 
―お金の観点ではいかがでしたか?
 
伸子さん:狭小住宅特集といった本や雑誌がブームになったときがありましたよね。最小限住宅を900万円で建てた方や無印良品の9坪ハウスなど、色々な情報が世に出回っていたかと思います。私たちも予算を決めるにあたり、「これくらいの金額で建てられる家があるのなら、予算1,500万円の家はどうだろう」と考えるようになったんです。1,500万円はあくまで仮の設定です。いきなり3,500万円で探すのではなく、まずは1,500万円を基準値として設定し、条件によってどれだけ価格が上がっていくかを検証したかったんですね。
 
鎌倉の高台に紫牟田夫妻が2005年に購入した築50年弱の中古住宅。6年前に塗り直した外壁と赤い屋根が特徴的で、まるで美術館のよう。
 
―初めから購入価格の上限を決めていたわけではなかったんですね。
 
伸子さん:そうですね。それで不動産屋さんから紹介された中で、一番安い物件から見学に行きました。三浦半島の山奥にある980万円の戸建てとか、少し条件をあげて1,980万円の戸建てとか。気に入った物件もあったのですが、玄関までの外階段が140段もあったので、断念したものもありましたね。
 
和俊さん:特に期限を決めて家を探していたわけではないので、いろいろ紹介してもらいながら、2年ぐらいで計50軒ぐらいは見て回りましたね。
 
伸子さん:そういう風に見ていると、土地と家がついたものだと2,000万円台では厳しいから予算を上げていくしかないんだとか、家の価格に対する肌感が生まれてくるんですよ。
 

家選びの第一条件はアトリエが作れることだった
 
―最終的にこの家に決めたポイントはなんですか?
 
伸子さん:中古物件を見るときに一番気にしていたのは、美術家である夫のアトリエが作れることでした。ここは幾何学的な四角い構造をしていて格子状に細かくたくさんの部屋があったのですが、各部屋を隔てている壁を取っ払ってしまえばアトリエ用の十分な空間が取れるということが、専門家に見てもらって分かりました。
 
もともと3部屋+キッチンに分かれていた1階部分は、壁をすべて取り払って和俊さんのアトリエに。広々とした大空間の先にテラスが広がります。
 
伸子さん:土地の権利が20年の旧法借地権だったので安かったというのも良かったです。なるべく自己資金を多めに出して、できるだけ借入はしたくないと思っていました。購入のためのお金は、極力自己資金と最低限の住宅ローンでまかない、あとはリノベーションにお金を費やしました。
 
玄関は扉付近まであった玄関ホールの床を一部解体して、土間のスペースを拡張。迎賓空間にふさわしい明るさと開放感あふれる空間。
 

長い年月をかけて理想の家に近付けていく
 
―紫牟田さんご夫妻が考える理想の家とは?
 
伸子さん:理想というのは非常にあいまいな言葉だと思うんですよ。私たちの場合、現時点で決してこの家が理想というわけではないですね。理想に近づけるように長い年月をかけてリノベーションをしている途中です。
 
和俊さん:本当に理想っていうのは分からない。鎌倉よりローザンヌがいいとか言ってしまえばキリがないですし。理想はいくらでも言えちゃいますからね。
 
―その理想に近づけるために、家のどこに一番お金をかけましたか?
 
伸子さん:一番大変だったのは、家の構造が鉄筋コンクリートだったこと。木造と違い、鉄筋コンクリート造は表に見えないところが多いので、元の躯体の状態にしないとリノベーションできないんです。それから以前住んでいた方が大家族だったんでしょうね、部屋数がとても多かったんです。中古住宅って、前に住んでいた方たちのライフスタイルが現れていますよね。当然、私たちはその人たちと同じ生活はできないので、リノベーションが必要です。以前そこにあったライフスタイルの痕跡を取っ払うために大部分のお金を費やしました。
 
トイレの洗面台と壁・床面には、小さな茶色いタイルを敷き詰めてモダンでオシャレな空間に。紫牟田夫妻がこだわった空間の1つなのだとか。
 
和俊さん:あと、できる限り自分でリノベーションしました。私自身、仕事で丸のこは使い慣れていますし、壁の色塗りも簡単です。足場を組んで玄関前に本棚を作ったり、壁に色を塗ったり、テラスを作ったり。自分で考えながら作っていく過程がすごく面白いんです。だからあまり人に頼みたくなかったっていうのもありますね。
 
伸子さん:居間の長テーブルもホームセンターで板を買ってきて、夫と二人でノコギリで切りましたね。
 
―そんな紫牟田さんにとって“いいお金”の使い方とは?
 
伸子さん:夫が手を加えた内装は人件費こそかかりませんが、材料費などを考えると結構お金がかかってるんです。でもこういうのは“いいお金”の使い方だと思いますね。リノベーションをしながら2人で「このテーブルはあのときに作ったよね」といった会話ができるのも楽しいし、そんな思い出ができるのも楽しいじゃないですか。ここは1970年代に建っている家なので、モダンデザインが合うのですが、それに現代のテイストをちょっとずつコラージュしていくのも面白いんです。一気にではなく少しずつリノベーションし続けるっていうのもいいことだと思います。家も一緒に成長しているんだなって気分になりますから。


玄関を入ってすぐの吹き抜け部分には、和俊さんが自作した本棚を設置。新築時から設置されているライトに合うよう、壁も自ら塗り替えたのだそう。
 

お金の有無で幸福の度合いは変わらない
 
―お金をどう使えば豊かな暮らしができると思いますか?
 
和俊さん:生活はお金がある範囲でするしかないですよね。それなりにお金があれば、あるだけ使ってしまうだろうし、なければないで使わない。お金の有無で幸福の度合いは変わらないんですよね。家に例えるならば、大きい柱のほうが立派な家かというとそうではないし、いい柱を使うことでいい暮らしができるわけでもないということです。
 


伸子さん:私も“物質的に豊かであることが幸せ”というのは幻想だとずっと思っています。ないものねだりはせず、なくてもそこから工夫することが楽しみだと思うんです。
 
物質の充足で豊かさが測られることはたしかにあります。テレビや車を持っていることがステータスだった時代がありましたが、それは昔の話です。たしかに現代でも、自分のモノにならないと資産価値がないという人もいますが、そもそも資産って何でしょうか。資産をモノやお金に換算しすぎないことこそが、これからの豊かさだと感じています。
 

真の豊かさは我慢や無理をしないこと
 
―最後に紫牟田さんが考える、お金との上手な付き合い方とは何でしょう?
 
伸子さん:私自身、お金は嫌いじゃないですし、お金がなくてもいいとは思いません。お金はすごく大事ですし、いざというときにないといけないものです。だから貯金は必要だと思います。会社員時代は財形貯蓄をしていたので、給与からその分引かれて残った額の中でやり繰りしていました。お金は決められた中でやりくりしないとつい使いすぎてしまうので。
 
和俊さん:ダイエットと一緒だよね。これしか食べないって決めないと食べちゃうっていう意味でね。
 


伸子さん:あと、我慢をするという状況をいかに作らないかも大事だと思っています。ダイエットもお金もだいたい同じセオリーだなって思っていて、強制されているとか頑張っていると思わず、いかにそれが当たり前という状況にするか。“等身大の暮らし”ってよく言いますよね。最初から等身大っていうのは誰も分からないから、みんな微調整をしていくものですよね。そうやって等身大になろうとしていく過程が、真の意味で豊かになろうとしていることだと思います。
 
和俊さん:そういう感覚って、歳をとるにつれて理解できるものかもしれませんね。
 
伸子さん:無理をしないという意味では、この家に来てからやっている500円玉貯金もそうです。ずっと先の将来というより、毎日の暮らしで何か事故があったり、ちょっとリカバーしなければならない状況になったりしたときのための貯金です。毎日の生活に支障になるほど切り詰めてやっているわけでもなく、余ったら貯めるというスタイルです。義務にならないようにお金を貯めることが、昔から私たちが実践してきたお金との向き合い方かもしれません。
 
たくさんの本に囲まれた書斎にて。この空間もいずれリノベーションしていきたいと語る紫牟田伸子さん。
 

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取材・撮影:2018年8月
writing:武田真那実(不動産系ディレクター兼フリーライター)、photograph:森口新太郎