まちとのつながり方

まちとくらしの再構築〈RAKURO 京都〉

 個人的な話をすると、京都を訪れるのは友人の結婚式以来6年ぶり。「国内旅行」となると九州や東北、または近場の温泉郷が圧倒的に多く、京都は「いつでも行けるから」と、つい疎遠になりがちであった。けれどもようやく「京都をひとりで旅しよう」と決めた。季節のことは特に考えず、単なる思いつきに近い旅だったのだ。けれども祝日を挟むその週末は京都の紅葉がピークを迎える時期らしく、結果的に日本で最も有名な観光地を、1年のうちで最も混む瞬間に訪れる運びとなった。2018年に訪日外国人数が3000万人を突破した「ビジット・ジャパン・ブーム」を牽引する京都だけに、さぞかしスーツケースやバックパックを手にした外国人旅行者でいっぱいだろう、と想像していたが、JR京都駅に降り立ってみると、日本人観光客が彼らよりも遥かに多い印象を受けた。秋が深まる都は、私たち特有の美意識を、無意識のうちに刺激するのだろう。


 京都市営地下鉄烏丸線に乗り換えて4つ目の「丸太町」駅で下車する。地上出口の目の前にある「烏丸丸太町」の交差点を左折して1分も歩かないうちに“RAKURO KYOTO THE SHARE HOTELS”はあった。周囲を見渡すと、商業ビルのようなものはなく、観光客が列をなすようなスポットもなく、整然と物静かな町並みが続いている。京都府庁、企業、病院などが周囲に点在する、どちらかというと落ち着いた雰囲気。すぐそばに京都御所があるにもかかわらず、もしくは、それがあるからこそ、落ち着いた空気が流れていのだろうか。そんな想像を膨らませながら、エントランスのドアを押した。
 

 レセプションの先に飲食店のカウンターがあり、テーブル席の奥には中庭が見えた。木の温もりを感じさせるノルディックなインテリアなのだが、「おもて」から「おく」へとつながる、古い時代の商家のようなレイアウトをどことなく彷彿とさせる。伝統と現代を調和させた装飾が目に飛び込んだ。様々なロゴのようなものが描かれた白いタイルは微妙に形が整っておらず、その揺らぎのようなものが逆に空間全体の温かみを象徴しているように思えた。そのうちのいくつかが日本の伝統的な家紋に見えたので、スタッフに尋ねてみた。
 

「清水焼の窯元『洸春窯』さんが制作してくれたアートウォールです。お部屋のマグカップも同じ伝統工芸士さんによるものです」
 部屋に入って早速マグカップを探してみると、そこにはアルファベットで文字が刻まれていたので読んでみると“Bon Voyage!” “Isogaba Maware” とあった。「よい旅を!」というフランス語の挨拶に、ローマ字で表現された日本のことわざ。どちらも旅をしている人の背中を押してくれるユーモアが込められている。ただ単に刻まれているのではなく、文字が立体的な盛り上がったデザインが気になり、「洸春窯(こうしゅんがま)」をインターネットで調べてみた。京都有数の陶磁器産地、日吉で三代続く窯元による「交趾」「いっちん」といった技法らしい。さらに調べてみると、「京焼」「清水焼」は、永く都があったこの土地で文化を醸成した宮家、武家、茶人などの要望に合わせて制作された背景があり、故に「瀬戸焼」「信楽焼」のような確固たる形がない。時代ごとの舶来品を模倣した例も多く、よって装飾性が高く、高級志向で、個性あふれる器を生み出してきた。長い時を経て大小様々な美意識が凝縮された、実に京都らしい産物ではないか。
 


 1階のパブリックスペースは、半分くらいテーブルが埋まっていた。レストランを運営するのは、フライドチキンとハイボールが京都市民に愛される「リンク」の3号店となるキッチン&バー「ツナグ」。朝は京都らしい朝ごはんを中心とした和食を、夜はオフィス街である丸太町のビジネスマンがふらりと立ち寄るパブとして、旅をする人と地元の人の双方に開かれたお店だ。ゆっくりと遅めの昼食を取るスーツ姿の男性や、コーヒーを片手にスタッフとおしゃべりする常連客、そして世間話に花を咲かせる、ティータイム中のおばさまたち。宿泊していると思われる欧米人カップルを除けば、お客さんのほとんどは地元の人のようで、その土地で生活する者にとってはあまり縁のないホテルという空間が、地域の憩いの場として根付いているようだ。優雅な京ことばに引き寄せられるように、隣り合わせていたおばさまたちの会話に加わった。
「コーラスグループの仲間と練習後のティータイムです。ホテルだけれどかしこまってなくて、広々としているから、大人数でも周囲に気を使わなくていい。食事も美味しい。結構な頻度で使わせてもらってます(笑)」
 



 席についてコーヒーを頼み、しばらくのあいだ「今夜はどこへ行こうか?」とスマートフォンを眺めていると、尾形浩一朗さんがやってきた。伝統工芸を異業種と結びつけるコーディネーターとして京都で活動する、“RAKURO”を生み出したキーパーソンのひとり。伝統的なモノづくり、観光都市として発展する街の現在を彼に聞いてみたかったのだ。
 
「ここのメインテーブル、京都北部で種から育った樹齢200年という北山杉を使ったものなんです。こんなに素晴らしい木材が京都にあることを知ってほしくて」
 
 様々な人間が往来するホテルは、考えてみれば、モノづくりを見てもらう絶好のプレゼンの場。もちろん『洸春窯』によるアートウォールも尾形さんによる仕掛けだ。旧来の考えに囚われず、昔からある伝統工芸品に新たな風を吹き込む。「伝統と革新のまち」とも表現される京都で生まれ育った尾形さんは、「厳密には宇治の生まれなので『京都人』と認めてもらえない場合もありますが」と笑いつつも、柔軟な発想でこれからの京都をプロデュースする人材であることは間違いない。
 最近まで近隣に住んでいた尾形さん曰く、この5年でホテルの数はぐっと増え、そのペースは、多分誰も想像していなかったほどだ、と驚きを隠さずに語ってくれた。
「この建物はとある出版会社さんのオフィスビルでした。それがこうして宿泊施設へコンバージョンされれたわけですが、京都は観光客が多いだけに、地元とホテルとの接点が無いのは『不健全』だな、とは常々感じていました」
 

 
 “RAKURO”には広々としたラウンジがあり、ヨガや座禅、落語といった、旅行者も地域住民も気軽に参加できるイベントを積極的に開催し、地元の町会の回覧板でイベントを告知しているそうだ。さらに夏の伝統行事である地蔵盆の際には会場を提供し、また各家庭が保管していた、お祭りのためのお飾りを引き取って倉庫に置いている。ツーリストを受け入れるための施設が、こうした形でローカルに貢献する話は、あまりに聞いたことがない。
 
 
 その夜は、尾形さんが勧めてくれた、丸太町と烏丸御池の中間くらいにある「高野麦酒店 takanoya」へ行ってみた。築80年の町家をリノベーションした店内は天井が吹き抜けになっていて、中央にはキッチンを取り囲むようにL字のテーブルカウンターがあった。お目当ては世界中から取り寄せられたクラフトビール。常連さんたちの間の席に通され、京都という土地だけに、少し緊張する。けれど不思議なことに、一杯目のビールを飲み干す頃には、周囲のお客さんと完全に打ち解けていた。アーティスト、美容品メーカーのサラリーマン、お医者さんに食品会社の社長さん。東京から旅行で来たと話すと、ローカル目線でオススメスポットを教えてくれ、「東京?よくあんなとこに住めるねん!」とからかわれる。とはいえ、その絶妙な距離感が実に心地よく、オープンでフレンドリーな京都人の懐に入り込めた気がして嬉しくなった。
 

「『京都の人間はとっつきにくい』というのちゃうと思うて。近代まで日本の首都やったわけで、全国から人は集まっていましたし」
「現在、京都市の人口の10%は学生、うち3〜4割が県外出身者と聞いています。京都府には外国人留学生が1万人程度いますし、多種多様な街ですわ」
 観光客が急激に増加し、ホテルが続々と開業する現状について、彼らの意見は様々だ。恩恵を受ける人もいれば「バスが満員で乗れへん」とぼやく人もいるそうだ。そんな中で唯一の危惧は、「オフィスが不足している。ビジネスの拠点がなければ、京都ならではの『革新』が生まれない」という点のようだ。かつて「洛」と呼ばれ、各地から通じる「路」の中心にあった街の昨今を、「一期一会」と名付けられたクラフトビールの余韻を楽しみつつ、夜が更けるまで語り合った。
 
 
 翌朝は、早起きをして京都御所を散歩した。朝ランを楽しむ地元のランナーとたまにすれ違うくらいで、人はまばら。冬の初めのひんやりとした広々とした庭園を包み、やがて朝日がそこに差し込んだ。黄色やオレンジ、または紅に染まる木々の間を深呼吸しながら歩くと、たおやかで物柔らかな、この街独特の幸福感で心身が満たされた。
 

一旦ホテルに戻って、西京焼きとおばんざいの「京御膳」朝食を楽しみ、今度は西陣へ。ライブラリで手にとった、京都を知り尽くしたプロフェッショナルによる「今の気分で行先を選ぶ京都ガイドマップ」を片手に、伝統的な京の暮らしを覗いてみようと思ったのだ。
 
 
 
 ホテルに併設されているサイクルターミナルで自転車を一台借り、北へ。車一台が通るのがやっとという路地が広がり、そこかしこに京町家が佇んでいる。立ち話に興じる人の声が柔らかに響く。家の中からは大人の笑い声や赤ちゃんの鳴き声、時には調理の鍋が聞こえる。昔から変わらない平和な風景と音景が凝縮された生活空間。やがて寺之内通に出て、明治から続く飴屋さん「たんきり飴本舗」で、家族へのお土産に名物の「たんきり飴」を買った。先染め絹織物の一大産地であった西陣の織物職人が、糸埃から喉を守るために愛用したという生姜飴だ。
 

 「たんきり飴本舗」のすぐ裏にあった妙蓮寺に立ち寄ると、とある展覧会が行われていた。13世紀から続く古刹でメディア・アートや写真、現代アートを楽しむ。白川砂に16の岩を配置した十六羅漢石庭を取り囲むようにして様々なアートや伝統工芸が展示されている中、特別公開されていた長谷川等伯一派の桃山時代を代表する障壁画の迫力は、西陣を愛したと言われる織田信長や千利休といった偉人たちの時代へとタイムスリップさせてくれた。
 


 帰り際、受付の男性に声をかけられた。「今日はどちらからですか?」と聞かれたので、「東京から旅行で」と答えると、驚いた表情をされた。
「ここは観光客の方が全くといっていいほどいらっしゃらない場所なので」
 ホテルにあったまち歩きマップを見ながら来たんですよ、と答え、挨拶をしてその場を離れる。日本を代表する観光都市にも、まだまだ知られていない場所があるようだ。そんな場所と巡り会えた幸せを噛みしめると、今まで感じたことのなかった親近感が、京都という街に対して湧いてきた。
「また季節が変わったら、訪れてみようか」
 ローカルと交わることで、その土地への大きな愛着が芽生える。旅の魅力とは、そうしたことの積み重ねなのかもしれない。 (取材・撮影:2019年11月)
 
 

 
本記事は、様々な土地を旅して回るフォトジャーナリストが、「リノベーションによる再生」に注目し、そうした土地を訪問し、滞在して綴るフォトエッセイです。