くらし談義

第2の人生を歩むために、つくり上げた自分の居場所<2/5>
近藤剛さん FINETIME COFFEE ROASTERSオーナー

小田急線経堂駅から歩いて3分ほど、商店街の通りから横道に入った静かな場所に、近藤剛さんが経営する『FINETIME COFFEE ROASTERS(ファインタイムコーヒーロースターズ』があります。築50年の一軒家を、1階が店舗、2階を住居にリノベーションし、2016年6月にお店をオープンしました。金融業界から一転、自らコーヒーショップを開業することを選んだ理由や職住近接の暮らし方を聞くうちに、どんなこともポジティブに捉えて、しなやかに人生を楽しんでいく近藤さんの姿勢が見えてきました。

浅煎りコーヒーをきっかけに人の輪を広げたい

—浅煎りコーヒーを出す店は、日本ではまだまだ少ないのですか?
 

豆が本来持っている美味しい酸味を出すには、豆の品質の良さが必要です。だから、大量のコーヒー豆が必要なチェーン店で浅煎りコーヒーを出すのは難しいです。それに、豆の中までふっくらと焼き上げる焙煎機も必要です。
 
—『FINETIME COFFEE ROASTERS』は、入り口に大きな焙煎機が置いてありますね。鮮やかなオレンジで、通りからもぱっと目を引きます。
 
この焙煎機はアメリカのディートリッヒ社のものです。400万円もしたんですよ(笑)。でも、焙煎機にはこだわりたかった。コーヒー豆は、産地で味が変わります。特に栽培されている標高がポイントで、例えばケニア産の豆は、朝と昼の寒暖差が大きいので、味がぎゅっとしまっています。豆によって、焙煎時間や火力を変更する必要があるんです。

コーヒーは、まず生豆選びがあり、焙煎に様々な選択肢があり、淹れ方でも味が変わります。枝分かれが多くて、ハマるほどに上流を辿って、最終的に豆までいってしまう。知り合いのコーヒー屋は、現地に行って豆栽培の指導まで始めてしまいました。

近藤さんが相棒に選んだのはディートリッヒ社の焙煎機。豆の表面を焦がさず、芯まで均一にじっくりと火が通せるという


—いつか近藤さんも豆の栽培指導をしていそうです(笑)。日本で浅煎りコーヒーがまだまだ広がっていない理由は、焙煎機以外にもありますか?
 
日本では深煎りのコーヒーが多いので、コーヒーとは「苦い・黒い・香ばしい・タバコに合う」といった固定観念があります。そのコーヒーをずっと飲んできた人が浅煎りコーヒーを飲んでも、「こんなのコーヒーじゃない」という人が多いです。特に男性にそういう傾向が見られますね。一方で、女性は感性で生きてらっしゃるからなのか、『FINETIME COFFEE ROASTERS』のコーヒーを飲んですぐに美味しいと言ってくれる方が多いですね。
 
—実際、近藤さんに淹れていただいた浅煎りコーヒーを飲んでみて、コーヒーのイメージが変わりました。近藤さんが初めて浅煎りコーヒーを飲んだときはどうでしたか?
 

僕は、5〜6年前にパリで初めて浅煎りコーヒーを経験したんです。「イマイチだな」と思いましたね(笑)。その店の写真を撮っていて、店を始めるときに見返したら、今は「神」と呼んでいる人が焙煎した豆を使っていました。
 
—最初は「神のコーヒー」を酷評したと(笑)。
 
当時は「これはコーヒーではない」と思いましたね。浅煎りコーヒーの良さは、3回くらい飲まないとわからないかもしれません。いろいろな浅煎りコーヒーを気軽に試してもらえるよう、店ではカッピングイベントも行っています。


コーヒーの話題になると話が止まらない近藤さん。浅煎りを出す他店との交流も多く、コーヒー談義から得る情報も多いそうだ

—近藤さんが持っている「Qグレーダー」は、コーヒーショップの開業に必要な資格なのですか?
 
特に開業に必要な資格ではありません。コーヒーは、それぞれの豆の特徴を最大に引き出すのに最適な焙煎時間や温度を、試行錯誤しながら探っていきます。そのときに、自分の味を決めておかないと調整ができないのです。自分がつくるべき味を決めるのに必要だと思って取ったのが、Qグレーダー(コーヒー鑑定士)です。これは、コーヒー豆を鑑定して点数を付けるための資格で、コーヒー鑑定士とも呼ばれます。
 
この資格はコーヒー界では唯一の世界的なもので、試験は大変でした。味覚の試験と、筆記もあります。日本の資格保有者は200人くらいで、3年ごとに更新試験があるので大変ですが、新しい店を始めるのに客観的な評価があったほうが良いと思ったのも、取得した理由です。
 
—2016年度の「日本エアロプレスチャンピオンシップ」では第3位に入賞なされていますが、これはどういう大会ですか?
 
エアロプレスというのは、空気の力を利用したコーヒー抽出器具で、これを使っていかに美味しくコーヒーを淹れられるかを競う大会が「日本エアロプレスチャンピオンシップ」です。これに参加したのは、浅煎りコーヒーの魅力を広める目的がありました。
 
『FINETIME COFFEE ROASTERS』では、1年以内に収穫した豆しか使っていません。料理で言えば、一流の料亭の味をコーヒーで出していると思っていますが、浅煎りコーヒーは飲み慣れないと美味しさが分からないという課題があります。大会に入賞した人が淹れるコーヒーなら、浅煎りに興味が無い人でも来店してくれるかもしれないと思ったんです。

壁に飾られているのはエアロプレス型の「エアロプレスチャンピオンシップ」3位入賞時の記念品とQグレーダー認定証

—『FINETIME COFFEE ROASTERS』がある経堂のまちは、個人経営の飲食店が多く、舌の肥えたお客さんが多そうです。
 
経堂は、いろんな人が住んでいる街だと感じています。音楽関係やデザイナーなど文化的な活動をしている人も多く、住人の個性のバリエーションが豊かです。こういう人たちが、浅煎りコーヒーに興味を持ってくれるのでうれしいですね。
 
お互いに知らないお客さん同士がうちの店で話をして、そこからコミュニティーが広がっているのはうれしいです。街で歩いていても通り過ぎるだけの人たちが、お店で話をするような関係になっていく様を見るのが楽しい。

だから、一人のお客さんと話しながら、隣のお客さんに紹介することを意識してやっています。そこから先はお客さんに任せますが、話をするきっかけをつくるようにする。カフェって、もともと人との出会いをつくって、交流する場だと思うんです。そういうカフェ文化が育つような、個人店を応援する土壌が、経堂にはあると感じますね。
 
コーヒーの雫が落ちる様子をロゴにしたシンプルな看板が目印。外にはベンチがあり、通りがかりに気軽に立ち寄れる雰囲気がある