豊かに暮らすひと

育てなくても人は育つ。一人一人の種を受け止め、町に広がる植物のような喫茶店<1/3>
影山知明さん クルミドコーヒー / 胡桃堂喫茶店 店主

場のプロデューサー・横石崇の『しごとば探訪』。連載3回目に訪れたのは、胡桃堂喫茶店です。一般的な喫茶店のイメージの範疇を超え、国分寺という町全体を舞台に、植物のように活動の幅を広げ続ける同喫茶店。施された空間的工夫と仕事哲学を店主の影山知明さんに伺いました。―この記事は、働くと暮らすが同居するさまざまな空間を訪問することで、これからのオフィスづくりや新しい働き方のヒントを探るコラムです。

PROFILE

影山 知明(かげやま・ともあき)
1973年東京西国分寺生まれ。東京大学法学部卒業後、マッキンゼー&カンパニーを経て、ベンチャーキャピタルの創業に参画。その後、株式会社フェスティナレンテとして独立。2008年、西国分寺の生家の地に多世代型シェアハウスのマージュ西国分寺を建設し、その1階に「クルミドコーヒー」を、2017年には国分寺に「胡桃堂喫茶店」をオープン。出版業や書店業、哲学カフェ、大学、米づくり、地域通貨などにも取り組む。著書に「ゆっくり、いそげ ~カフェからはじめる人を手段化しない経済~」(大和書房)、「続・ゆっくり、いそげ ~植物が育つように、いのちの形をした経済・社会をつくる~」(査読版、クルミド出版)。

中央線・西国分寺駅前に2008年にオープンしたクルミドコーヒーは、一日およそ120人の客が訪れ、食べログのカフェ部門でも常に上位に入る人気店です。2017年には隣の国分寺駅近くに2店舗目となる胡桃堂喫茶店を開業。店そのものとしても盛況ですが、出版業、書店業、哲学カフェ、地域通貨、お米づくりと、国分寺という町全体を巻き込んで活動の幅を広げていることでも注目を集めています。
 
こうした活動の一つ一つは、あらかじめ計画されたものではないのだそう。店主・影山知明さんの最新著『続・ゆっくり、いそげ』の背表紙には「成果の達成のために最短距離をいくのではなく、一人一人や偶然に機会を与えるようにお店をつくったら、それは木が枝を広げるように大きく育った」とあります。マッキンゼーやベンチャーキャピタルで資本主義社会のど真ん中を邁進してきた過去もある影山さんはいま、それとは正反対のやり方で、二つのカフェを営んでいるのです。
 
町に枝を広げる植物のような喫茶店。そこにはどのような空間的工夫が施されているのでしょうか。「誰だってその人にしかない種を持っている。その種が芽を出すための土でありたい」と語る影山さんに、雨の6月末、胡桃堂喫茶店でお話を伺いました。



あえて作り込まない。客側に主導権のある店


【胡桃堂喫茶店】コンサルティング、ベンチャーキャピタルを経てカフェ店主に。エプロンもスーツも着こなす影山さん
コンサルティング、ベンチャーキャピタルを経てカフェ店主に。エプロンもスーツも着こなす影山さん


横石 今回はクルミドコーヒーではなく、あえて2店舗目の胡桃堂喫茶店を取り上げたいと思っています。まずはこちらのお店を立ち上げることになった経緯から教えてください。
 
影山さん 2008年に最初の店、クルミドコーヒーを出すまで、ぼくはコンサルティングや投資ファンドなど、どちらかと言えばスーツを着てするタイプの仕事ばかりをやっていました。そんなぼくがカフェをやることになったのは、もともとあそこにあった実家を建て直す話が持ち上がった、その流れの中でのことで。
 
けれども、しばらくやっていくうちに、カフェに対するいろいろな可能性を感じるようになりました。途中からは「自分の天職はカフェの店主だ」と躊躇なく言えるようにもなった。そうして8年目を迎えたころには、二つめの店を作りたいと思うようになっていました。
 
ありがたいことに、クルミドコーヒーにはたくさんのお客さんに来ていただいていて、土日のティータイムはご案内が難しいくらいになっていました。また一方では、チームのメンバーが新しい挑戦のフィールドを求めているようにも感じられていた。外側と内側、両方の理由が重なって、2店舗目の話が動き出したのです。
 
しばらくはいい場所が見つからずにいたのですが、ご縁あっていまの大家さんと知り合い、ここを貸してもらえることになりました。こうして2017年3月にオープンしたのが、この胡桃堂喫茶店です。
 
ここにはもともと築40年の建物が建っていて、亡くなった大家さんのお父さまが住まわれていました。ぼくとしてはリノベーションして使うつもりでいたのですが、大家さんがお金を出してわざわざ建て替えてくれて。ですから、どこに開放部を作るかとか、階段の広さとか、天井の高さや給排水の位置といったことまで、ありがたいことに、ぼくらのリクエストを汲んでもらっています。


【胡桃堂喫茶店】2階にある一角で流れるゆっくりとした時間
2階にある一角で流れるゆっくりとした時間


横石 いい感じにレトロな雰囲気なので、てっきり古い建物をそのまま使っているのかと思いました。
 
影山さん ええ、そうなんですよね。ビジネスの常識に照らせば、こうした店を作る際にはなるべく初期投資を抑え、それを3~5年で回収していくモデルをいかに作るかと考えるのが普通でしょう。ですが、国分寺はぼくの地元。そこに根を張ってやっていくからには、短いスパンではなく、50年とかっていう単位で続く店にしたい思いがありました。
 
50年先を思い浮かべるには、50年前まで遡ってみるのがいい気がしています。50年、100年と受け継がれている仕事に潜む本質性には、必ず学ぶところがあるはずですから。そこで調べてみると、日本における喫茶店の歴史はちょうど百年ちょっとあることがわかりました。1888年に上野にできた「可否茶館」が日本における最初の本格的な喫茶店であると言われています。
 
可否茶館を作った鄭永慶さんはもともと海外に留学していたようなエリート。ですが、かつての同僚が上流階級の社交の場として鹿鳴館を作ったのを横目で見て、「これからはそういう時代ではない。もっと市井の人が集まる中から何かが始まるような場こそが必要だ」と考えたそうです。そうして作ったのが可否茶館でした。
 
結果として可否茶館は4、5年しか続きませんでしたが、鄭さんの仕事があったおかげで、日本における喫茶店の歴史が始まったわけです。ですから、ぼくは常々、彼が可否茶館に込めた思いをいいかたちで引き継げたらと思って活動しているところがあります。


【胡桃堂喫茶店】特性の珈琲をぜひ堪能してほしい
空間もさることながら特製珈琲も堪能してみてほしい


横石 それで店構えとしても少し大正時代前後を思わせるものになっているんですね。
 
影山さん はい。そのように感じていただけていたならうれしいです。ただ、ここまで歴史に絡めて自分なりの思いなどお話しもしましたが、生業としての喫茶店に大事なのは結局のところ、お客さん一人一人が元気になって帰ってくれるかどうかに尽きると思います。あまりコンセプトや仕掛け的なものが先行して、本分が蔑ろになってしまっては意味がありません。
 
ただ、クルミドコーヒーと胡桃堂喫茶店とでは思い描いている場のイメージは随分違います。クルミドコーヒーのほうは店側に主導権のあるタイプの店だと思っています。自分たちで言うのも変な話ですが、お店に、クルミドコーヒーとしての世界観が作り込まれてあるので、お客さんはあまり考えずに、構築されたそこに身を預けるように時間を過ごしていただければいい。
 
それに対して胡桃堂喫茶店は、どちらかというとお客さん側に主導権のある店。ぼくらはぼくらなりの思いで空間をデザインし、メニューなども作っていますが、いろいろなところに空白がある。そこをお客さんとともに作るイメージです。


【胡桃堂喫茶店】表情豊かなガラス窓と複数の照明を使い分けて柔らかな居心地をつくりだしている
表情豊かなガラス窓と複数の照明を使い分けて柔らかな居心地をつくりだしている


お客さんの中にはおそらく、向こうの店のほうが落ち着くという人もいれば、こちらがいいという人もいると思います。単純化はできないですが、ある程度自分なりの軸を持っていて、なにかに身を預けるというよりは自分なりの世界とうまく調和するものを探している、まさに横石さんのようなタイプは、こちらの店のほうが噛み合わせがいいんじゃないでしょうか。