豊かに暮らすひと

アフターコロナで考える。
アートの健康な使い方<3/4>
秋元雄史さん 東京藝術大学大学美術館館長・教授

ベネッセアートサイト直島の地中美術館初代館長を経て、金沢21世紀美術館館長を務め、現在は東京藝大の美術館館長・教授としてアーティストの育成も手掛けている秋元雄史さん。現代アートを限られた人たちだけの教養ではなく誰もが日常で楽しめるものと捉えて、芸術への認識の成熟を促し、その可能性を広めています。リビタがプロデュースする『KAIKA 東京 by THE SHARE HOTELS』に設置するアート作品の公募では、審査員を務めました。長く現代アートの最前線でアーティストとアートを見つめてきた秋元さんに、日本の現代アートの現在地やアフターコロナのアートのありかたについて話を聞きました。


所有することで自己表現するというアートの使い方

―アートを鑑賞する場が増えて、日常的にアートを目にする社会がやってくれば、暮らしの中でのアートの使い方も洗練されていきそうです。

アートは、「自分は何者なのか」を言葉以外で伝えていく手段でもあります。例えば友人を家に招いたときに、どんなインテリアで、どんなアート作品をコレクションしているかで、その人の内面が伝わりやすくなる。

「アートを生活に取り入れたらどうですか?」と提案すると、ほとんどの場合「アートは難しい」と返ってくる。私は特に最近の若い人を見ていて、ファッションはあんなにうまく自分に合うように取り入れているのに、なぜアートはそうはならないのだろうと思いますね。アートもファッションも自分を表現するという点では同じです。ファッションは、自分の価値観の中で自分のキャラクターに合うものを選んでいますよね? その延長で、部屋を飾る絵を選んだり、食事に使う皿を選ぶということはできそうな気がします。自分の身体から、少し意識を空間にまで広げて、こだわりの場を増やすということです。「私はこれが好きだから選ぶし、これが私の世界なんだ」とアートで自己表現する。大切にしている価値観が透けて見えるような佇まいを作り出す。若い世代の人たちは、そこまであと一歩のところまで来ていると思う。

【KAIKAで秋元雄史さんに聞く】KAIKA一階の企画展、現在は「FORM AND COLOR」(舘鼻則孝 個展)を開催
『KAIKA 東京』の1階では企画展も展開。現在は舘鼻則孝 個展 「FORM AND COLOR」を開催中(2020年8月16日まで)


多様性のある未来のために、アートができること

―アートは本当に多様です。今後の社会で多様性の大切さはよく言われることで、その性格から現代アートが果たせる役割は大きいと思います。


芸術の奇妙なところは、目に見えないものを相手にしているところです。人間の心というものに焦点を当てて、それを形にしていこうしている。まあ、少し考えればそれは無理なことだと理解できるのですが、芸術はその無理を人間が生まれて以来、ずっとやり続けているわけです。そしてそれが時に奇妙な世界を形成する。

縄文時代の宇宙人のような人型土偶は、2000〜3000年前につくられたのですが、あれを誰かが作ったわけです。その価値を、共同体として認知していた。日々人を殺し合う戦国時代に朝鮮半島から渡ってきたのは、なんとも歪で貧相な飯茶碗なわけですが、茶の湯の世界ではそれを最高の美として位置付ける。そして、その価値を戦国の社会の中で共有する。芸術はそんな現象を生み出してきたわけです。人間は元来、そういう訳のわからないところがあるのではないかと思うんです。しかし今の社会はそういう訳のわからなさをどんどん封印してしまっている。そういう、つまらない社会になってしまっています。

私は少しでも面白い社会をと思ってアートをやっていますが、社会はどうも逆に動いているようです。それでも諦めずにやっていくしかないのですが、やっている途中で、面白いことに、面白いアートというものに出会う。それが私を勇気づけてくれるのです。

【KAIKAで秋元雄史さんに聞く】エレベーター目の前にある『色を聴くウサギ(梶浦聖子さん)』は秋元賞を受賞した
エレベーターを開けたらいきなり現れるウサギは、秋元賞を受賞した『色を聴くウサギ(梶浦聖子)』


―秋元さんが“面白いアート”に出会って勇気づけられるように、私たち一人ひとりも日々の面白さを見つければ、“つまらない社会”はゆっくりでも変わっていくのかもしれません。

人は生まれた時点で死に向かって生きていくという、実にややこしいプロセスを辿っていきます。人は自分の人生に意味を見つけ、目的を定めて生きようとする。何かを達成するために人生を組み立てます。まあ、それはそれでいい。でも本当は、そのプロセスだと思っている時間こそが最も大切なものです。唯一無二の二度とこないもの。その過程こそが”実”なのだと思います。目的が成就したかどうかは、自分の人生がうまく行ったかどうかを測る大切なバロメーターですが、でも本当はそれはどちらでもよくて、そこに至るプロセスがどんなだったかが大事なのだと思う。

例えば、一枚の紙を一日として日めくりカレンダーみたいに人生をめくっているとすると、一枚めくったらその日は終わるでしょう? だったら今この瞬間をできるだけ楽しいものにしたいと思うのは、人が生来から持っている本能だと思うんです。カレンダーの最後のほうに達成するべき目標があるのではなく、1枚1枚の中に充実させるものがある。人の一生というものを相対的に評価したら、成功した人・失敗した人、幸せな人・不幸な人……というラベルが付くのかもしれないけれど、そんなのも全部ひっくるめてその人しか経験できないものなので、どんなプロセスも全て肯定していくしかないんじゃないかなと、今では思うようになってきましたね。歳を取ったということでしょう(笑)。

 
interview_石川歩 photograph_古末拓也 edit_佐藤可奈子
取材・撮影:2020年6月