豊かに暮らすひと

本と恋に落ちてしまう書店・文喫。出会いを誘発する「多義性のある空間」とは?<4/4>
野崎 亙さん 株式会社スマイルズ・クリエイティブディレクター

働き方の祭典『Tokyo Work Design Week』のオーガナイザーであり、鎌倉にあるシェアオフィス『北条SANCI』プロデューサー・横石崇を案内役に、カフェ、本屋、服屋など「働く」と「暮らす」が同居するさまざまな空間を訪問する新連載企画『しごとば探訪』。これからのオフィスづくりや新しい働き方のヒントを探ります

▲透け階段の中に設置されたネオン。見ようと思わないと見つからない


表現をやめた空間で異彩を放つ「Yes and No」

横石 もう一つお聞きしたいのは有料エリアのエントランスにある「Yes and No」のネオンサインです。透け階段の後ろ側にあるので気づかない人も多いと思うのですが、とても印象的です。これはどんな意図があるのでしょうか?
 
野崎さん 実はこれ、クライアントにもスタッフにも内緒で仕込んだものなんですよ。完成した後にスタッフから「これ、なんですか?」と言われたくらいで。だから文喫としてというより、ぼく個人としてやったものなんです。
 
ぼくはプロデューサーでもあるのですが、デザイナーでもあるので、ついいろいろと仕掛けたくなっちゃうんです。でも、文喫はあくまでお客さまのための空間だから、単に空間的余白を埋めるようなアートワーク的なことはできる限りやりませんでした。その中で唯一、ぼくのやりたいことをやったのがこの「Yes and No」です。
                    
横石 意味深ですよね。この言葉に込めた意味はなんですか?
 
野崎さん ちょっと回りくどい説明になっちゃいますけど、情報と呼ばれるものには「データ」「インフォメーション」「インテリジェンス」の3段階があると思っていて。「データ」というのはただの数字。その数字を見て「伸びている」などといった考察を加えたのが「インフォメーション」。さらに「だからこうなんじゃないか」という思考が加わったものが「インテリジェンス」です。このインテリジェンスを司る存在としてあるのが書籍ではないか、と。
 
横石さんもご存知だと思いますが、本を書くのって本当に大変なんですよね。ぼくはイベントなどで登壇して喋ることもあるんですけど、喋る時には間違ってもいいことが前提になっているじゃないですか。で、間違ったら訂正すればいいし、伝わるまでいくらでも言い直すことができる。でも、本としてストックされるとなるとそうはいきません。ひと続きの文脈として紡がなければならない。そのようにして作られてきたものだからこそ、知の蓄積としての本の意義は大きいと思うし、一方では書かれたことが世界そのものであるかのように信じ込ませる権威性、危うさも併せ持つと感じます。
 
でも、本には必ず肯定する本があれば否定する本もあるんですよ。「進化論は本当だ」という本があれば、「進化論は嘘だ」という本もある。その点に目を向けることがとても大切だとぼくは思っていて。「Yes and No」という言葉でそのことを伝えたかったんです。
 
横石 なるほど。あるべき本との向き合い方をフレーズに込めたと言ってもいいですね。
 
野崎さん いまの世の中、社会としても「これが正しい」「これは間違っている」とパッキリ線を引かれて、どんどんグレーゾーンがなくなっているじゃないですか。でも、本来はどっちかだけが絶対的に正しいなんてことはなくて、どっちも正しいということがいっぱいある。「マーケティングが最強だ」という人もいれば、「いやいやクリエイティブだ」って人もいるけれど、それって立ち位置とか見方の違いだけですよね?
 
自分が「右だ」と思うということは、むしろ「左だ」という人がいることの前提だと思った方がいい。それをちゃんと感じ取った上で、「あなたの言ってることもわかります。でもやっぱり私はこれなんです」となれば、たとえ信じるものは違っても握手ができる。そういう関係で結ばれる世の中になったらいいなという思いを込めています。
 
文喫という存在自体もそうで、オープンした当初は入場料をとることについて賛否もありました。でも、いざ蓋を開けてみると普通の書店とは違う本が売れていたりして、「これからは大型書店になる以外に生き残る道はない」とまで言われていた中で、ほかにもまだまだ可能性があることに気づかせてくれました。かといって、ぼくらのやってることが唯一解ということでもない。ぼくだってオンラインでも本を買いますし。「Yes or No」ではなく「Yes and No」。いろんな選択肢があっていいよね、ということです。
 
インタビューに答えるスマイルズの野崎氏@文喫
▲野崎氏の新著には「自分が欲しいものだけ創る! スープストックトーキョーを生んだ『直感と共感』のスマイルズ流マーケティング」がある
 
 
横石 つまりこれは、文喫という場所についての意思表示でもあるし、社会や業界に向けたメッセージでもあるということなんですね。
 
野崎さん うん。「文脈をサジェストすることは極力抑えた」と言ってきましたけど、そういう意味ではここは、唯一ぼくの文脈、ぼくの伝えたいことを埋め込み、表現した箇所だと言えますね。
 
でも、面白いのが、ここの店長がお客さんにあのネオンの意味を聞かれた時には「本好きの人も、本好きでない人も」という意味だと説明しているみたいなんです。それはぼくの込めた意味とは違いますけど、そこがいいなと思っていて。そこですでに多義性が生まれているってことですからね。なんならインスタ映えスポットになっていたりなんかもして、それはこちらとして意識したことではないけれど、それもよしかな、と。
 
透け階段の向こう側に置くことになったのは、実は半分予算の関係であったりもするんですけど、結果としてベストポジションに置けたんじゃないかなと思っています。階段の後ろ。皮膚の裏側。心づもり。腹づもり……。それが見え隠れしているというのがちょうど良かった。主張したいというよりは感じ取ってくれればいいくらいの感覚でいます。
 
横石 世の中がどんどん寛容じゃなくなっている中で、なぜ文喫という空間が居心地よくて、ついつい本を買ってしまうのかの理由が腹落ちしました。最近は職場でも「心理的安全性」の重要性がよく指摘されますが、「どんな過ごし方をしてもいい」という空間的な寛容さが、これからはオフィスにも必要なのかもしれないですね。
 
ビーズクッションに埋もれながら読書とゲームを交互に楽しむ@文喫
▲ビーズクッションに埋もれながら読書とゲームを交互に楽しむ。ちなみに、この真横ではトークイベントが開催されていた


(店舗情報)
店名: 文喫
住所: 106-0032 東京都港区六本木6-1-20 六本木電気ビル1F
アクセス:地下鉄日比谷線・大江戸線六本木駅 3・1A出口より徒歩1分
営業時間:9:00~23:00(L.O.22:30)/不定休
https://bunkitsu.jp/
 
取材・撮影:2019年11月
writing:鈴木陸夫、photograph:山下貴久
 
* * *
 
探訪後記 (横石崇・記)

オフィスの空間づくりをしていると、「こうやって動いてほしい」というつくり手の想いや情熱がついつい先立ち、「ここにはこれがあります」「こうやって使ってください」といった言葉やサインで主張を押し付けてしまいがちだ。一方で、文喫は緻密に文脈を張り巡らせながらも、「自分の意思で動いた」と思ってもらえることに徹底的にこだわった。その結果、人はこの場所に居心地のよさを感じ、感度のスイッチを最大限にオンにできる空間として愛着をもってもらうことに成功している。もし、あなたが空間をつくって、人を動かしたいと願うのであれば、一人ひとりの自由な発想を奪おうとするのではなく、感性を信じることから始めてみてほしい。人は何事に対しても、押し付けられて恋には落ちないのである。