豊かに暮らすひと

本と恋に落ちてしまう書店・文喫。出会いを誘発する「多義性のある空間」とは?<3/4>
野崎 亙さん 株式会社スマイルズ・クリエイティブディレクター

働き方の祭典『Tokyo Work Design Week』のオーガナイザーであり、鎌倉にあるシェアオフィス『北条SANCI』プロデューサー・横石崇を案内役に、カフェ、本屋、服屋など「働く」と「暮らす」が同居するさまざまな空間を訪問する新連載企画『しごとば探訪』。これからのオフィスづくりや新しい働き方のヒントを探ります

作為を隠して人をいざなう「文喫」で、プロデューサーが唯一隠しきれなかったもの

本と出会うための本屋・文喫。総合プロデューサーを務めるスマイルズのクリエイティブディレクター・野崎亙さんは「本と本とをつなぐ文脈は、お客さん一人ひとりが紡ぐもの」であり、そのため文喫では「作り手側の作為を表現することをできるだけ抑え、空間としても多義性を持たせることにこだわった」と話しました。

けれどもそれは、作り手として「空間に文脈を持たせることをしない」という意味ではありません。一人ひとりの「本との運命の出会い」を演出するために、「むしろ隅々にまで文脈を張り巡らせた」と野崎さんは語ります。
 
文脈は張り巡らせども、主張しない。どういうことでしょうか?


張り巡らせた文脈をあえてサジェストしない
 
一見すると本が無作為に置かれているが、見えない文脈を張り巡らせている@文喫
▲一見すると本が無作為に置かれているが、見えない文脈を張り巡らせている


横石 作り手の意図を主張しすぎてしまうと、利用者一人ひとりが自分なりの文脈を紡ぐ余白を奪うことになり、偶然の出会いは生まれない。上司がなにからなにまで指示することで、部下の自由な発想を妨げてしまう構図と似ていますね。
 
野崎さん ははは、そうですね。ただ、文脈は使う人自身が紡ぐものだと言いましたが、なんの作為もないホワイトキューブ的な空間をただ提示しただけでは出会いは起こりません。黙って空間を差し出しただけで勝手に文脈を紡ぎ出すほど、みんながクリエイティブなわけではない。だからぼくらは文脈レスどころか、バキバキに文脈を張り巡らせています。「本と出会うための本屋」というコンセプトに基づいて、意図を持って空間を作っているということです。
 
例えば、選書室と閲覧室を空間的にパッキリと分けたのもその一つです。そうして本を選ぶところとそれを喫するところを極端に分けることで、人は自分のモードを切り替え、選書室では本と出会うことに集中できる。最近のブックカフェには本を空間全体に点在させるところも多いですが、文喫では限りなく一箇所に集約しています。
 
広さが足りないので一部閲覧室にも置いていますが、本を選ぶのに遠慮が働かないよう、こちらは逆にかなり贅沢な空間の使い方をしています。一番嫌ったのは、椅子の後ろの人が通れないような場所に書棚がある状況。そうするとその書棚にはアクセス不能になって、出会えたかもしれない可能性を潰してしまうから。
 
横石 確かにそうですね。逆に、閲覧室にいる側の人も、本を探しにきた人に気をとられることなく、本を読んだり、仕事をしたりすることに集中できる。
 
じっくり本を探せるようにスペースを贅沢に確保した閲覧室@文喫
▲閲覧室では、椅子の後ろでも、じっくり本を探せるようにスペースを贅沢に確保
 

野崎さん 喫茶室の真ん中にバカでかい白壁を立てたのにも当然意図があります。空間を広く使う観点からいえば完全に邪魔になるわけですが、むしろ一つひとつの空間をせせこましくしたかったんです。
 
横石 意外です。広い空間ほど居心地が良くて、本が読みやすくなったり、仕事をしやすくなったりしそうな気がします。どうして、わざわざ空間を分けたのでしょうか?
 
野崎さん 本を読む、仕事をするというのはとてもプライベートな行為じゃないですか。だからそれに適した空間にすることを意識したんです。かといってあまりに狭々しくなってしまうのも問題だから、ところどころにガラス壁を入れるなどして、空間的には狭すぎないけれど心理的には守られている状況をいかに作り出すかを心がけました。
 
奥の小上がりで人目をはばからずに爆睡している人がいるのも、そうやって囲まれていて、ちょっと守られている感覚があるからじゃないかな。段差を作って微妙に高くすることで、視線のレイヤーを外す工夫などもしています。そうやっていかに本と戯れるか、家で嗜むのと同じような楽しみ方ができるかを空間的に追求しました。
 
左手の白壁や右奥にみえるブースがあることでプライベート空間を確保@文喫
▲左手の白壁や右奥にみえるブースがあることでプライベート空間を確保
 

横石 なるほど。この考え方をオフィスづくりに応用するなら、例えば一人で集中して作業をするための空間と大勢でコラボレーションをするための空間は明確に分けたほうが良さそうだし、前者であれば、ある程度せせこましくしたほうが機能するかもしれない。
 
 
野崎さん こんな調子で、ほかにも細部にまで文脈を張り巡らせているんです。例えば本の並びにしたってそう。『中世の古文書入門』の隣になぜか『ゲーム的リアリズムの誕生』が並んでいるのにも、スタッフが込めたなんらかの意図があるんです。ぼくには全然わからないですけどね。でも、あえてそれを表現することはしないということ。こちらが表現してしまうと、使う人が自由に文脈を紡げなくなってしまうから。
 
POPや検索機はなく、雑誌棚は表紙がすべて見えることで本との運命の出会いを演出している@文喫
▲雑誌棚は表紙がすべて見える。POPもなければ、検索機もない

 
横石 隅々まで文脈を張り巡らせるけれど、あえてそれをサジェストしない、表現しないことにもこだわっているというわけですね。
 
野崎さん そうです。ぼくらデザイナーの仕事って、人が自分でも気づかないうちに自然といざなわれるような、そういう文脈をどう隠し込んで置くのかというところに本質がある気がするんです。
 
例えば誰かに絵を描かせたいと思った時に、ホワイトキャンバスを与えて「自由に描いてください」と言うのも一つですが、教科書を渡して「本を大切にしなさい」と伝えるのも一つ。そうするとぼくがそうなのですが、勝手に落書きを始める人もいるじゃないですか(笑)。あるいは壁に「落書き禁止」と書いておいたら、バンクシーのように描きたい衝動に駆られるかもしれない。
 
人が動き出すのにはそれぞれの文脈があります。そのそれぞれの心が発動する、気持ちを誘導するレールを作れるかどうかがデザイナーの腕の見せどころなんだと思います。その際には、当の本人は「自分の意思で動いた」と思っているのが理想です。難しいですけど、それを実現することこそがクリエイティブやデザインの本質なんだろうと思っています。