豊かに暮らすひと

本と恋に落ちてしまう書店・文喫。出会いを誘発する「多義性のある空間」とは?<1/4>
野崎亙さん 株式会社スマイルズ・クリエイティブディレクター

働き方の祭典『Tokyo Work Design Week』のオーガナイザーであり、鎌倉にあるシェアオフィス『北条SANCI』プロデューサー・横石崇を案内役に、カフェ、本屋、服屋など「働く」と「暮らす」が同居するさまざまな空間を訪問する新連載企画『しごとば探訪』。これからのオフィスづくりや新しい働き方のヒントを探ります

PROFILE

野崎 亙(のざき・わたる)
京都大学工学部卒。東京大学大学院卒。2003年、株式会社イデー入社。3年間で新店舗の立上げから新規事業の企画を経験。2006年、株式会社アクシス入社。5年間、デザインコンサルティングという手法で大手メーカー企業などを担当。2011年、スマイルズ入社。全ての事業のブランディングやクリエイティブの統括に加え、入場料のある本屋「文喫」など外部案件のコンサルティング、プロデュースを手掛ける。2019年より、PASS THE BATON事業部の事業部長も兼務。

連載1回目に取り上げるのは、六本木・青山ブックセンター跡地に2018年12月にオープンした書店「文喫」。入場するだけで料金が発生するシステム、「本と出会うための本屋」というコンセプトが話題を呼んでいます。

「本屋さんなのに入場料?」と思うかもしれませんが、実際に足を踏み入れてみると、その意味がわかります。一人で本と向き合うための閲覧室や複数人で利用可能な研究室のほか、喫茶室や小上がり風のスペースなどもあって、仕事をしたり、ご飯を食べたり、ソファに横になって居眠りをしたりと、皆さんさまざまな場所で、思い思いの過ごし方で本と戯れています。

出版不況と言われる中、文喫は本の売れ行きも好調だそう。約3万冊という蔵書は他店と変わらないラインナップながら、なぜかここでだけ売れる本もあるのだといいます。

この居心地の良さはどこから来るのか。なぜぼくらは運命の一冊と恋に落ちてしまうのでしょうか。総合プロデュースするスマイルズのクリエイティブディレクター・野崎亙さんに、空間づくりのこだわりを聞きました。

人生を変える偶然の出会いは意図的に起こせるか

読み終わった本を返すキャスター@文喫
▲読み終わった本を返すキャスター。実は恋に落ちる本との遭遇率はここが高いらしい


横石 居心地がよくて仕事もはかどるので、文喫にはついつい足が向いてしまいます。なぜかコワーキングスペースよりも働きやすいと感じていて。そして、不思議なほど本を買ってしまうんですよね。
 
 
野崎さん 確かに思っていた以上によく売れますね。購入される方はいっぺんに2、3冊買っていくことが多いそうです。
 
面白いのは、売れる本が普通の書店とは違うことです。いまのところの売り上げ1位は吉本ばななさんの小説。もちろんいい本であることは間違いないんですが、新刊でも世間で話題になっている本でもないから、ちょっと意外じゃないですか? 出版社別で見てもほかの書店とは違ったランキングになっています。
 
でも、ここにある本はどれも普通の書店でも扱っているものばかりなんですよ。個人商店でしか置いていないようなマイナーなものは扱っていなくて。
 
横石 なのによく売れるし、他書店と売れ筋が異なる。どういう秘密があるのでしょうか?
 
野崎さん 出会えてさえいれば買っていたかもしれない本と、従来の書店では出会えていなかったということじゃないでしょうか。ここではそういう本と出会い、ある種、恋に落ち、買っていく。そんな循環が起きているんです。
 
横石 まさに「本と出会うための本屋」というわけですね。そもそもこのコンセプトはどうやって生まれてきたのですか?
 
野崎さん オーナーである日本出版販売さんから最初にお話があったのは2018年の始め。ご存知のように、書籍のデジタル化やオンライン書店に押される形で、書店の数はこの十数年で半減しています。大型書店はまだ強いんですが、一番のボリュームゾーンである街場の中型書店が立ちいかなくなっている。そんな背景もあり「書店の価値を一緒に再考してくれませんか?」というのが依頼の内容でした。
 
当初は、とある地方の駅前書店がなくなるからどうにかしたいという話だったんですが、その話が立ち消えになり、さてどうしたものかと考えていたところに届いたのが、青山ブックセンター(以下、ABC)閉店の報でした。ABCと言えば、本屋における象徴的な存在です。六本木店においては文化そのものと言っていい。ここだからこそやれることがあるはず、ということで手を挙げました。
 
ただ、この時点では具体的なことはまだなにもなくて。ABCの跡地になにができるのかには多くの人が注目していますから、中途半端なことはできません。検討材料を集める目的でデンマーク、スウェーデン、上海とさまざまな「居場所」をリサーチして回りました。


文喫のプロデューサー野崎氏と横石は旧知の仲
▲文喫のプロデューサー野崎氏と横石は旧知の仲。文喫のオープニングイベントでは横石も登壇した
 
 
横石 その中から現在のコンセプトにつながるヒントがあったのでしょうか?
 
野崎さん それら一つひとつがリソースになったのは確かですが、もっとも大きな気づきは日本の国立国会図書館を訪れた際にありました。
 
国会図書館の本は基本的には収蔵されていますが、部分的に本が露出している場所があります。そこを歩いていた時にたまたま『落ち葉図鑑』という本が目に留まったんです。なんの気なしに手に取ってみたら、いろいろな落ち葉がすべて手書きでデッサンしてある、とても面白い本でした。
 
その時は自分のクリエイティブのリソースになると思って取り込んだんですが、改めて振り返ってはたと気づいたことがありました。いまではぼくもオンラインで書籍を購入するケースがほとんどだけれど、いつも通りAmazonだけ使っていたら、『落ち葉図鑑』と出会うことはもちろん、探すことさえ絶対になかっただろうなって。
 
横石 Amazonなどにもリコメンド機能はありますが、まったく自分の意図しない出会い方はありません。
 
野崎さん 横石さんにもおそらく心に残る大切な一冊と呼べる本があると思うんですけど、ぼくにとってはドローグデザインという1990年代に活躍したオランダのデザインチームのアーカイブ本がそんな出会いでした。ぼくは学生時代にロンドンへ留学している時にこの本と出会ったのです。
 
この本を買ったのは「洋書を買う自分ってなんだかイケてる」「英語なんて大して喋れないけど、ビジュアルが多いから大丈夫だろう」という他愛もない理由でした。でも、結果としてこの本と出会ったことで、ぼくはデザインの世界に足を踏み入れることになった。それまでもデザインは好きでしたが、この本を読んだら、なぜ自分がデザインを好きなのかが理解できたし、自分でもできると思えたんです。
 
『落ち葉図鑑』にしてもドローグデザインの本にしても、ぼくはもともと探していたわけではありません。つまり、自分にとっての大切な本との出会いにはある種の偶発性があるということ。ここから「本と出会うための本屋」というコンセプトへとつながっていきました。「偶発的な本との出会いをどうやったら意図的に起こせるか」を命題に掲げて作ったのが、この文喫というわけです。