くらし談義

家のような“暮らしの場”で、人生をかけて全力で働く。<2/5>
山川咲さん crazy wedding代表

「意志をもって生きる人を増やしたい」という想いを胸に、業界経験ゼロから起業し、「完全オーダーメイド」の結婚式を提供。そのクリエイティビティの高さや、ビジネスモデルが話題となっている『crazy wedding』代表の山川咲さん。オフィスにあるキッチンでは、専属のシェフが自然食の食事をつくり、ランチは社員全員でいただく。「会社が人生の中心であり、“暮らしの場”でもある」と話す山川さんに、起業に至るまでのストーリーやオフィス空間への想いについて伺いました。

ワゴンカーから人生が始まり、大自然の中で育つ
 
―これまでのお住まいについてお聞きしたいのですが、山川さんは3歳くらいのときに、ご家族と一緒にワゴンカーで日本各地を旅されていたとか。
 
山川さん はい。私の住まい遍歴はワゴンカーからはじまりました。まだ小さかったのであまり記憶はないのですが、いろいろな場所をまわっているから、人の家に行ったり、泊まったりすることがすごく多かったのです。私はその頃、あまり人の家に行くのが好きではなく、それが嫌だったと感じていたことは覚えています。どれだけいろいろな人に会わなければいけないんだろう、みたいな感覚でしたね。
 
日本一周ワゴンカーの旅は、1年くらい続きました。その後、千葉の大自然の中で、古い一軒家を借りて住むことになります。100坪くらいあったのですが、家賃が1カ月1万円くらいという。離れには五右衛門風呂があって、私は中学3年生までお風呂担当として、毎日薪でお風呂を焚いていました。笑
 
―自然に恵まれた環境で育ったことで、影響を受けたことはありますか?
 
山川さん 大自然の中で育ったことは、私のいろいろなものを形成していると思います。うちの会社には「本質的、美しく、ユニーク」という経営の判断軸があるんですけど、それは大地や山や川や海といった自然の姿そのもの。それが世の中でいちばん大切なことだという考えが、今の会社のベースをつくっています。

―当時は、自給自足に近いような暮らしだったのですか?
 
山川さん 本当に大自然の中での生活でした。スーパーで買い物もしますが、父が畑で野菜を育てていたし、野山でタンポポの葉やクレソンを採ってサラダにしたり、山菜を採って食べたりしていました。今でこそ注目を集める、ロハス的・スローライフ的な生活ですが、子どものときは、このような生活をしているのは、世の中で私だけなのではといった感覚はありましたね。
 
保育園に入ってからは、周囲に馴染めないというか、他の人たちとは違うということを感じていました。小学校高学年から中学校の頃は、うちの家では漂白剤を使わないから体操服が真っ白ではないとか、薪ストーブを使うから煙の匂いがするとか、友達とのちょっとした違いに悩んでいました。今でこそ、そういった違いが私のアイデンティティをつくってくれたと言えるのですが、子どもの頃は、私の世界のすべてが学校と周囲にいる友達だったから、もっと普通の人と同じものを着て、同じものを食べたかったと思っていましたね。
 
でも、その経験があったから、相当若くして、どうすれば人から認められるんだろうとか、自分はこれでいいのかとか、人一倍考えて生きてきました。その中でできることはすべて精一杯やってきたし、妥協はしてこなかった。会社を辞めたことやオーストラリアを旅した経験を通して、これで良かったんだと自信を取り戻し、自分の人生を生きようと思えたとき、「意志をもって生きる人を増やしたい」という起業したときから掲げている理念につながりました。葛藤し続けた時期があったからこそ、たどりつけた境地だったと思います。


「Be crazy for wedding」と象徴的なメッセージが表紙を飾るタブロイド紙

―大自然を離れて、東京で暮らし始めたのは大学からですか? そのときの暮らしぶりは?
 
山川さん 大学に進学するとき、ちょうど妹も高校に進学するタイミングだったから、2人で東京に出てきて一緒に暮らすことに。江戸川区にある酒屋さんが経営するアパートに住み始めました。1階がお店で2階が酒屋のご夫婦が住む住居、3階が私たち姉妹の住居です。大家さんはおじいちゃん、おばあちゃんという年齢でしたが、すぐ側にいてくれることがとても心強かった。「お醤油を切らしたので、貸してください」というような、庶民的で温かな暮らしでした。妹も一緒だったし、初めての東京はとても楽しかった。いろいろなものがすぐ近くにあって、居心地が良くて大学の4年間ずっと住んでいました。
 
その後、26歳のときに結婚して新築マンションを購入しました。折り込みチラシを見て、見学に行ったときに即決していましたね。駅に直結していて、とても素敵な家だったのですが、起業するときに賃貸に出して、それからは賃貸マンションに住んでいます。就職してから現在まで、10回くらい引っ越しているのではないでしょうか。引っ越し魔ですね。とくに起業してからは、働くことが人生の中心になりましたから、会社に近い場所に住むことが多くなりました。
 
でも、会社を創業したときは、自宅兼オフィスという形の住まい方でした。そのときの暮らしは私にとって忘れられないものですし、私の暮らしの原点にもなっています。