くらし談義

伝統の重さと寛容さを楽しむ、
六代目の柔らかな視点<1/4>
上出惠悟さん 九谷焼窯元「上出長右衛門窯」六代目

創業140年を迎える九谷焼の窯元・上出長右衛門窯。大学時代を東京で過ごしたのち、石川県に戻って家業の窯元を継いだ六代目・上出惠悟さんは、金沢21世紀美術館に収蔵された髑髏のお菓子壷を始め、パリやコペンハーゲンでの個展など、新しさを感じる九谷焼を提案し続けています。先祖が代々築いてきた歴史にあぐらをかかず、「日本人が感じてきた情緒や生命力を呼び戻す器」を求めて活動を続ける上出さん。しなやかに時代を捉えながら、九谷焼窯元の六代目として自身が今できることを考え続けている上出さんが発する言葉は、今の時代を心豊かに生きるための示唆に満ちていました。

PROFILE

上出惠悟(かみで・けいご)
九谷焼窯元「上出長右衛門窯」六代目。1981年石川県生まれ。2006年東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。同年より、1879年創業の九谷焼窯元である上出長右衛門窯の後継者として、職人と共に多くの企画や作品の発表、デザインに携わる。2014年合同会社上出瓷藝(かみでしげい)設立を機に本格的に窯の経営に従事。主な仕事として、伝統柄をアレンジした『笛吹』や、スペイン人デザイナーを招聘した『JAIME HAYON×KUTANI CHOEMON』シリーズ、九谷焼の転写技術を活かした『KUTANI SEAL』などがある。リビタのホテル『HATCHi 金沢 -THE SHARE HOTELS-』では照明やオブジェを上出長右衛門窯が製作、『TSUGU 京都三条-THE SHARE HOTELS-』ではポップアップショップ「北陸の上出惠悟 / 瀬戸内の木村肇」(2019年11月30日まで)を開催中。個人としても磁器を素材に作品を制作し、精力的に個展を開催している。
 

長く続いてきたものの「強度」に惹かれる理由
 
— 上出さんは大学を卒業してすぐ石川県に戻り、家業の上出長右衛門窯を継ぎました。東京の大学で油画を専攻されていた上出さんが、九谷焼に興味が向いたのはなぜだったのですか?
 
僕が東京藝術大学にいたころはアートプロジェクトが盛んに行なわれていて、作家ではなく学生としてアートプロジェクトに関わっていました。いろんなプロジェクトに関わっていましたが、僕はコンセプトやプロセスよりも、出来上がったものの強度に目が行きがちだった。日本美術の展示を見ると、長い歴史の中で残ってきた作品たちには強度があって、すごく完成度が高い。物質としての強度はもちろんですが、歴史や伝統が持つ完成度の中には、そこにしか発生しない美意識がある気がして、僕はそういうもののほうが“信じられる”と思ったんです。新しい時代を切り拓く表現や問題提起をするコンテンポラリーアートのワクワク感もあるけれど、僕は普遍性があるものに惹かれた。長く続いてきているものの大切さを感じながら、それを現代に活かしていく。僕は、日本の文化を扱うほうが心が落ち着くし、興味や関心があると気がついたんです。
 

上出長右衛門窯に続く伝統的な祥瑞画法で絵付けされた器。その手仕事の様子を収めた動画は海外のサイトで紹介され話題を呼んだ
 
 
— 確かに、インターネットで大量の情報を得て、いろんな価値観に触れられる現代において、長く続いているものは、一つの心のよりどころになるかもしれません。
 
社会もどんどん変わっていますよね。この数ヶ月を振り返っても、米中貿易戦争や日韓関係など、今日のニュースを見ているうちに、明日には違うことが起きている。ものごとは、あっちに行ったりこっちに来たりしていて確かなことがあまりなくて、新しい価値観はころころ変わっていく。
 
僕が大学1年生のときに、9.11同時多発テロが起きました。そのとき、今まで正しいと思っていた世界は、実は正しくないのかもしれない。こことは違う世界があるのだと気がつきました。今まで自分が信じていたものは何だったんだろうと考えるなかで、本当に信じられるものは、歴史や伝統のなかで育まれてきた価値観や美意識だと思った。それは簡単にゆらぐことがないんです。それに気がついてからは、日本美術とか、そういう圧倒的なものや文化に惹かれていきました。
 
— 伝統工芸である九谷焼の窯元を継いだ上出さんには、今の日本のものや文化はどう見えているのでしょうか?
 
今の時代は、憧れが生まれにくいと思いませんか? たとえば、僕たちや親の世代は子どものころからアメリカやイギリスの音楽に影響を受けたり憧れたりしたと思うのですが、今はそういう気持ちが起こりづらい気がしています。みんな同じ時間軸で同じ音楽を聴いていて、若い人たちが他のカルチャーに憧れることがなくなってきている。こういう憧れが生まれにくい時代に、どんなふうに文化が興っていくのか気になっています。文化は、AとBという別の文化が衝突したり、ミックスされることで新しく生まれると思うんです。でも、憧れる文化がないと両者は混ざらない気がする。俯瞰して見渡すと、文化が小粒化しているように感じます。
 

大学時代に九谷焼に取り組むことを決めた上出さんだが、窯の将来を危惧した先代からは「帰ってくるな」と言われていたそう
 
 
— 上出長右衛門窯でつくっている九谷焼にも、そんな傾向があるのでしょうか?
 
たとえば九谷焼で鹿を描こうとすると、昔は絵を描く人が実際に見てきた鹿の印象を元に、自分の想像力で描いていました。それは、土着的な鹿の絵だったと思うんです。でも今は、インターネットで画像検索すれば本物の鹿がたくさん出てきて、日本にはいない鹿の姿も見られる。いろんな鹿の姿を見ることができるんだけど、圧倒的な一つのイメージを経験として持っていないし、逆に何も持っていなくても描けるから何となくイメージが似てくるんだと思う。龍という想像上の生き物も、「ドラゴンボール」のシェンロンのイメージを思い浮かべちゃう(笑)、そうやって固定化して一般化していって、最終的に一つのイメージに近づいていくように思う。本当は、個々の文化ももっと多様に富んでいるのだけど、今は一つのイメージに引っ張られつつあって、それは焼き物の世界でも起きている。九谷焼も有田焼も清水焼も、みんなのイメージの中では似てくるというか……。“和風”という一言になっちゃったりする。
 
昔の作品を見ると、江戸時代の人は自然物をこんなふうに捉えていたのか、という新鮮な気づきがあります。上出長右衛門窯には桐の家紋を配した器があって、山の方へ行くと桐の木が生息しているのですが、桐の木を見てから桐の家紋を見ると、極端に図案化されているけれど、確かに桐の木そのものなんですよ。江戸時代の人が桐の木を見て感じて描いた家紋の誇張のされ方や、デザインの切り取り方は、現代を生きる僕たちが見ると、びっくりする発見があることがあります。当たり前のように今に残るものに対して、改めてそこに気がつくと面白いし、地続きの文化を感じることができます。
 

石川県能美市にある「上出長右衛門窯」の工場。窯に残る器の形は、昔から作られているものがほとんどだという