くらし談義

仕事の幅を広げる建築家の
少し未来の働き方<1/5>
谷尻誠さん 建築家

住宅や商業施設の設計のほか、ランドスケープや展示企画、プロダクトデザイン、まちづくりデザイン監修など、多様なプロジェクトを手がける谷尻誠さん。建築家の吉田愛さんと共同主宰する建築設計事務所SUPPOSE DESIGN OFFICEは、広島と東京に拠点を持ち、東京事務所にはダイニングカフェ『社食堂』を併設して運営しています。建築家という仕事の幅を広げ国内外を飛び回る谷尻さんは、何だかとても楽しそう。今回は、これからの仕事や暮らしかたについて話を聞きました。

PROFILE

1974年 広島生まれ。2000年 建築設計事務所・SUPPOSE DESIGN OFFICEを設立。2014年より吉田愛と共同主宰。広島と東京の二箇所に事務所を構え、住宅・商業空間設計、会場構成、ランドスケープ・プロダクト・アートのインスタレーションなど国内外で多数のプロジェクトが進行中。その他にも大阪芸術大学准教授を務めるなど多岐にわたり活躍する。2018年8月オープン予定のリビタが手がける『12SHINJUKU』では、SUPPOSE DESIGN OFFICEがデザイン監修を務める。

良い細胞をデザインする
 
—今回は、2017年7月にオープンした『社食堂』にお伺いしています。ここは、SUPPOSE DESIGN OFFICE東京事務所に併設されたダイニングカフェで、執務スペースとの仕切りが無いんですね。谷尻さんたちが打ち合わせをしているすぐ隣で、私たち取材陣が待ち構えていて(笑)、プレッシャーではなかったですか?
 

いつもこんな感じなので慣れましたね。ごはんを食べに来た人も、打ち合わせに来た人も、スタッフも、ゆるくつながっていて、人も空間も仕切りがない。ゆるく、ゆるくやっています。
 
オフィスとカフェをやろうとすると、だいたい空間を分けちゃうと思うのですが、それだと普通になるから、『社食堂』は空間を仕切ることなく、でも空間の用途をどうやって整理するかを工夫しています。


代々木上原にある『社食堂』店内。アイランドキッチンを中心に、カフェとオフィスが同じ空間に同居している。

 
—ごはんの良い匂いを嗅ぎながらお仕事をするのは、どんな気分ですか?
 

きちんとお腹が空くようになりました。スタッフが正しい時間に食事をするようになって、それはとても良い変化だと思います。

僕たちはこの『社食堂』を、“細胞のデザイン”と言っているんです。人の細胞をつくるのは、普段食べているものなんですよね。例えば、コンビニ弁当を食べている人は、コンビニ弁当で細胞がつくられているわけです。忙しい人ほど、時間がないからとそんな食生活だったりする。
 
良い細胞をデザインしたほうが健康をつかさどることができるだろうし、さらにプラス思考の考え方や良いアイディアが出せる会社ができるはずです。仕事でデザインをする以前に、働き方をデザインする必要があるなと思って『社食堂』をつくりました。
 
—スタッフのみなさんの反応はどうですか?
 
みんな喜んでいますよ。ビールもあるので、飲みたければ飲んでと(笑)。仕事中にビールを飲んではいけないとか、そういう細かいことはとやかく言わない。それで仕事がはかどるなら飲んでもいいんじゃないですか。
 
組織は人数が増えるほど統率を図るためにルールをつくりますよね。でも、ルールでがんじがらめにするとスタッフの個性が消えてしまう。それよりも、「あなたの行動によっては、会社にルールをつくらないといけなくなるから気をつけてね」と言っています。
 
—なるほど! そのほうが日々の行動を気をつけようと思いますね。
 

ルールをつくらない、ということが僕のルールなんです。


ある日の社食堂ランチの献立例。日替わり定食のほか、カレーや海鮮丼など定番も。「おかん料理」がコンセプト。
 

パブリックなオフィス、という考え方
 

—『社食堂』をまちにもオープンにして、誰でも食事ができる場にした理由はなんですか?
 

スタッフだけでなく、ここに来てくれる人たちの健康をサポートできたら良いなと思ったことがひとつ。あとは、一般的に社会の人たちは、設計事務所にどんな人たちがいて、どんなことをやっているのか知らないことが多いですよね。日本にはいろんな設計事務所があるので、もう少し設計について知ってもらいたいという思いがもうひとつの理由です。
 
例えば、たまたま『社食堂』に食事をしにきた人が、たまたま手にとったデザインの本を見て、いつかこんな人に設計を頼もうと思ってくれたり、写真集を見て、こういう感覚は自分にとって大切だなと感じてくれたり、もう少し家具に関心を持ってみようと考えてくれたり、アートを家に飾ってみようと思ったり……。そういう気づきのある場所があれば、もう少し社会が良くなっていくのではないかと思ったんです。
 
オフィスというプライベートな空間をパブリックにする、“家びらき”の感覚です。
 
—たしかに、オフィスや住まいはセキュリティの問題もあって、クローズな空間になりがちですね。
 
今の住まいは、パブリックとパブリックではない部分に分かれていますが、昔の家はパブリックだったんですよね。軒先が店で、店から見える居間に子どもが寝ていて、仕事をしながら子育てをするなどパブリック住宅だったんです。今は、プライベート住宅やプライベートオフィスがたくさんあるけれど、それなら“パブリックオフィス”という考えもあるのではないかと思ってやっています。


本棚には、BACHの幅允孝氏がセレクトした書籍が並ぶ。建築関係のほか、アート・ビジネス・人文系など幅広いセレクト。