くらし談義

何を選んで何と別れるか
選択の先にある未来<1/5>
伊藤菜衣子さん 暮らしかた冒険家

肩書は「暮らしかた冒険家」。使い古された“暮らし”という言葉も、“冒険”とつながると新鮮に聞こえます。渋谷から熊本へ、そして札幌へ。今は札幌を拠点に、子育てしながら東京にも行き来しつつ活動する伊藤菜衣子さん。田舎暮らしとはちょっと違うハイブリッドな暮らしの冒険をしながら、伊藤さんが最近考えているのは、「人生100年時代に大切なのは、何を選び、何と別れるかではないか」ということ。断熱リノベーションしたご自宅兼オフィスでお話を聞きました。

PROFILE

伊藤菜衣子(いとう・さいこ)暮らしかた冒険家。広告制作を生業とする傍ら、暮らしにまつわる常識を再構築する冒険中。キャンプ場で行った1泊2日総勢100名参列の結婚式「結婚キャンプ」、熊本の築100年空き家期間17年の廃墟をセルフリノベーションした「弊町家」、ギャランティの支払いに通貨以外の選択肢をつくる「物技交換」などを試みる。札幌国際芸術祭2014では坂本龍一ゲストディレクターに指名を受け、札幌での暮らしそのものを作品「hey,sapporo」として公開、2017年には初監督作品映画「別れかた暮らしかた」を発表。

行き過ぎた趣味と仕事で「一番詳しい素人」になる

伊藤さんのことを調べると、「暮らしかた冒険家」という肩書きに「何だろう?」といい意味での引っ掛かりを感じると思います。どういったことをされているんですか?
 
未来がこうなったらいいなぁ、こうなったらハッピーだなぁ、という空想を、実現していく冒険をしているんです。って、抽象的すぎて意味不明だと思うのですが(笑)。例えば戦争がない世界がいいなぁ、ということに対して、戦争の原因はいろいろあるけれど、そのひとつが、石油の取り合いだったりするわけです。じゃあ、石油が必要ない生活ってどんなものだろう?って考えていくと、家で使っている暖房にたどり着いたりする。つまり、家自体が暖房をあまり必要としない家だったらいい。そうすると、断熱・気密をきちんとした「高性能なエコハウス」という答えにたどり着くんです。で、その技術はまだあまり普及していないので、実際に自分の家でやってみて、たくさんの人に知ってもらうために、本を作ったり、写真を撮ったり、ウェブを作ったり…ということをしています。要するに、行き過ぎた趣味と仕事です。「暮らしかた冒険家」って。

—それで仕事になるんですか…?
 
例えば、さっき話したように、自分の家を高性能なエコハウスにするにはどうすればいいかを知りたくて、エコハウスに詳しい人に会いに行ったりします。そこで聞いた話を自分の連載などで記事にすると、話を聞かせてくれた人から「こういう風に活動をまとめてもらってうれしい。うちのウェブもリニューアルしたいんだけど」と連絡をもらったりして、ウェブ制作や執筆や撮影の仕事につながります。その仕事のためにエコハウスについてさらに猛勉強することになり、すると、素人にしては高性能なエコハウスにめちゃくちゃ詳しい人になるんです。そうしたら今度は、住まい手向けのエコハウスの本を編集してほしいというオファーが来たり。編集の仕事はしたことがなかったけれど、そこでも編集のことを勉強して…というようなことを繰り返して、どんどんいろんな仕事につながっていくんです。

—仕事と勉強が並行しているんですね。
 
最近は、自分の暮らしをつくる中でいろんな人に出会うんですけど、特別面白くてたくさんの人に知ってもらいたいなと思った人たちの暮らしや仕事のドキュメンタリー映画を作って上映会をしたり、自分が暮らす中で考えたことを自費出版で本にしてオンラインショップで販売したりもしています。


編集者や共著として書籍の出版に関わるだけでなく、暮らしかた冒険家で編集・出版したZINEも発行している。


—趣味、仕事、暮らしがスームズにつながっていて、まさしく「暮らしかた冒険家」ですね。暮らす場所にもこだわりがあると思いますが、東京での仕事もする伊藤さんが、なぜ今は札幌にお住まいなのですか?
 
2012年のある日、突然、坂本龍一さんからFacebookのメッセンジャーで「半年くらい札幌に住めない?」とカジュアルなメッセージが届いたんですよ(笑)。その時は子どももいなかったし、椅子と机と台所があれば生きていけると思っていたので「住めますよー」と数秒で返信をしました。2014年の札幌国際芸術祭でアート作品をつくるのではなく「ただ暮らしてほしい」という、作品というかプロジェクトをしてほしい、というオファーでした。
 
—坂本龍一さんからメッセンジャーって…いったいどんな関係なんですか?(笑)
 
10代の頃から面識があって、私が運営やクリエイティブに参加していた「100万人のキャンドルナイト」や、他の仕事でも接点がありましたし、坂本龍一さんが2010年に始めたサカモトソーシャルプロジェクト(※1)のウェブ制作にボランティアスタッフとして関わったこともありました。
 
坂本龍一さんが声をかけてくれた意図は、「『暮らしかた冒険家』が何かしていると、感度の高い面白い人たちが、どんどん集まってくるだろうから」ということでした。きっかけは、当時私たちが熊本で古民家を借りてセルフリノベーションしていたことでした。


熊本では、築100年の古民家をDIYでリノベーション(弊町家)。この時の苦労と経験が、今の暮らしの礎になっている。


—古民家をセルフリノベーション!建築の知識や工事の経験があったのですか?
 
2011年に東京から熊本に引っ越して、築100年の町家をまったくもって建築的な知識もないのにセルフリノベーションしていたんです。何をどうすればいいのか毎日困っていたら、熊本の面白い人たちがSNSなどで噂を聞きつけて、どんどん手伝いにきてくれました。そんなふうに熊本のいろんな人と知り合ううち、一人の農家さんはウェブ制作と野菜一生分交換しよう、と提案してくれて、「物技交換(ぶつわざこうかん)」という、貨幣を介さない交換が始まったり。そういった試みの札幌バージョンを見てみたかったようです。「面白い人ホイホイ」プロジェクトですね。
 
—「暮らしかた冒険家が札幌に住んだら何が起きるのか」をプロジェクトとして展示してほしい、ということだったんですね。その舞台となったのが「札幌の家」。この家はどういう家だったんですか?
 
元々は、札幌でも古民家を借りてリノベーションしながら住むつもりだったんです。でも、いろいろ調べていくうちに、これからの時代は築30年ぐらいの家が一番余っていくことが分かりました。「札幌の家」は9歳まで住んでいた私の実家で、約30年前に建てられた家。父の転勤で、家族で神奈川に引っ越したあとは、賃貸にしていた時期もあったのですが、ちょうど入居者が退去するタイミングだったということもあり、この家を使うことにしました。


展示作品となった「札幌の家」の2014年当時の外観。昔から黄色の外壁で、近所でも目立つ存在だったそう。


※1「サカモト・ソーシャル・プロジェクト」skmtSocial project(#skmts)坂本龍一氏による、ソーシャルメディアを活用したライブ経験を共有するプロジェクト。