くらし談義

子どもと大人が共につくる、豊かなまちのかたち<3/5>
松本理寿輝さん ナチュラルスマイルジャパン株式会社代表取締役

活動内容を子どもたちが話し合って決める。地域の人の溜まり場になるカフェやコミュニティガーデンが併設している。子どもと保護者と地域をつなぐ『コミュニティコーディネーター』がいる。そんな、これまでにない形の保育園が注目を集めています。保育の場を家庭や保育園から「まち」へと広げるその試みは地域に交流を生み、保育園がまちづくりのひとつの拠点になりつつあります。保育園の運営を通じて豊かな社会づくりに取り組む『まちの保育園・まちのこども園』代表の松本理寿輝さんに、話を聞きました。

子どもの学びの深さを、保育園経営の本質にしたい

—「保育園をつくる」ということは、子どもに対する保育の理念だけでなく、事業としての保育園運営や保育をする側の働き方なども考えなければなりません。

ベンチャー企業の経営をしていた時に、利益追求ではなく価値創造をすることが企業の本質だと気が付きました。その本質に立ち返るように気をつけながら事業としての保育園運営に努めています。

例えば、今は待機児童の問題があります。もっと狭い空間で最小限の保育者数で運営しても、認可保育園に入れない子どもたちで埋まるかもしれない。利益率を追求するならその方がわかりやすいし、今の時代だとできなくはないでしょう。また、保育園職員の給与は全職業のなかでも低いんです。であれば、保育料金を上げて給与を大企業並みに払ったら職員を集めることができるかもしれない。でも僕は、こういったことは本質的ではないと考えています。

『ロマンとそろばん』とよく言われますが、持続可能に価値を生み出し続けるためには、理念と経営のバランスが大切です。そして、保育はそれがとても難しいと感じています。

—ビジネスでは、結果を出して利益を得るサイクルを早く回すことが求められます。一方で、子どもの教育は今日やって明日すぐに成果が出るというものではないので、その価値を評価するのは難しそうですね。

「豊かな子どもの育ち」というのは、ある程度定義をすれば定量的に見られますが、教育は同時に定性的に見ていく必要があります。そのためにまず保育士は、「定性を理解する」学びが必要です。

子どもと絵本を作る活動があるとして、友だちが絵本を作りたいと言うと、子どもは友だちを大切にしますから、自分が絵本を作る立派な動機になります。保育士はその様子を見て、「絵本について知っていることを友だちと共有しよう」「面白い絵本を見に行こう」とパートナーとして寄り添って、子どもの話を広げていきます。こんなプログラムの導入方法があるのを知っていることと、「さあ、みんなで絵本を作りましょう」と保育士から白紙の絵本を提供するのとでは、子どもの学びの深さが変わります。

こういう学びの方法や知恵はある程度の説明はできますが、具体的に現場で子どもの学びを深めるためには、保育士に経験が必要で、それを習得するには時間がかかります。

各園に子どもが創作活動を行うアトリエがある。保育士は子どもを観察して、どの方向に興味が向いているのか把握する


—保育士の学びも、『まちの保育園・まちのこども園』の大切な要素なのですね。

そうですね。『まちの保育園・まちのこども園』では、保育士が社会的な交流を持つことで得られる学びも大切にしています。

「虎が自分に向かってくる絵」を大人が描いたら、尻尾は紙の横端に描きますよね。でも、子どもは紙の裏に尻尾を描いたりするんです。これってすごい発想ですよね。保育士はそのすごさに気が付いているけれど、それを世の中に伝える術は知らないんです。

これは実際にやった試みなんですが、現役のコピーライターの方を園に招いて、子どもたちだけでなく保育士とも交流する機会を設けたんです。そうすると、保育士もコピーライターの伝える術を学べます。保育士同士で話すことももちろん大切ですが、違う畑の人と話すことで、いろんな側面から自身の仕事への問い立てができるように思います。僕は保育士の成長の過程で、この多様な問い立てが大切だと考えています。

部屋に飾られた子どもたちの『作品』を例に、子どもの発想の豊かさを語る松本さん


社会の価値観やリソースを、教育に生かしていきたい

—保育士の学びの機会など、『まちの保育園・まちのこども園』の取り組みは、保育や教育という領域を超えて新しい働きかたをつくっているようにも感じます。

ひとつの領域で「匠」のような深みまで辿り着いた人は、別の領域の深みにも辿り着けると思うんです。教育の現場にいる先生たちの子どもたちの学びに対する深い知見は、一般社会でも役に立つでしょう。近年は、ライトに物事が進む「リニアな時代」と言われていますが、その時代にあっても、ものごとの深みは大切だと思います。そして、教育の領域の深みは、ある程度歴史が積まれてきたように感じています。

一方で、これまでに培ってきた深みや重みは大切ですが、教育界はそれを大切にするあまり、広い視点やスピード感のある動きを苦手としてきました。でも、本当はもちろん、両方できるほうが良いわけです。

僕が最近大事なことだと思っていて、今後大きな動きになっていくように感じるのは、「広さの軸」です。教育と社会は断絶した関係ではなく、社会の価値観やリソースを教育にも生かしていくことが大切だと思うんです。学校の現場でもワークショップでの教育はスタンダードになりつつありますが、ビジネス領域では、ワークショップ技法やファシリテーション技術が次々に開発されています。そういう社会に出てきた技法を、教育にも具体的に取り入れたらいいと思っています。

この「広さ」を社会から吸収していくと、保育の場も学校も面白くなると思います。