くらし談義

人と場に楽しさを届けるエンターテイナーなお弁当屋さん<4/5>
山本千織さん chioben(チオベン)料理人

色鮮やかな紫芋ボールはボリューム満点、意外な具材が驚きの春巻き、シャキシャキのキャロットラペや、出汁が美味しいホウレン草のお浸しは野菜をきちんと摂った満足感があって、タコ飯はコリコリ食感に山椒の実がアクセント。そんな、目にも舌にも美味しいお弁当『チオベン』を作っているのが、山本千織さん。ご近所コミュニティーの場だったという実家の料理体験や、多様な人々が行き交う飲食店での経験など、誰もが楽しくなるお弁当が生まれるまでのお話を聞きました。

多様なものとの出会いと許容がある世界が好き

ー毎日たくさんのお弁当の予約が入っていて多忙な山本さんですが、リフレッシュの方法は何ですか?

旅行が好きなので、長く休めるときは海外旅行に行きます。毎年、年末は海外旅行に行くのですが、去年はカンボジアに行きました。アジアは近いし、食事が美味しくて好きです。アジア旅行は、食べる楽しみがあります。

—旅先で出会った印象的な食べ物はありますか?

最近だと、ラオスで食べたバナナフラワーのつぼみですね。ミョウガのような形をしていて、たけのこに近い味でシャクシャクした食感なんです。それを細かく刻んで、豚肉と和えたサラダがとても美味しかったです。世界を見回すと、本当にいろいろな食材があるなと感じます。

—海外旅行に行く時間が取れないときは、どんなふうにリフレッシュしているのですか?

仕事の合間に本を読むのが、息抜きになっています。よく読むのは随筆家の武田百合子さん(※1)の作品で、強く気高い気性を持ちながらも、「こんな私ですが、何とかやらせてもらっています」みたいな、チャーミングに自虐を盛り込んでくる感じが好きなんです。向田邦子(※2)さんの文章にも同じような雰囲気を感じます。

ふたりとも、世間一般が思う「幸せ」は手に入れなかったかもしれないけれど、好きなことに向き合って、意見を持って主張して、自分の仕事は根性を入れてやっていた。そんな彼女たちの生き方に惹かれるんです。


アトリエの半階上がったスペースから庭を望む。手が空いた少しの時間にする読書が、山本さんのリフレッシュ方法のひとつ。


—武田百合子さんや向田邦子さんのようなしなやかな強さは、山本さんにも感じます。

ありがとうございます。彼女たちが生きた昭和の始まりのころは、実は今よりもずっと、多様な人が生きやすい時代だったのかなと思います。武田百合子さんの本には、そういう時代の空気を感じさせる話があって、それがとてもいいんです。

私が子どものころに、近所に耳が聴こえなくて、発音が困難なおばあさんがいたんです。それでも私に話しかけてくれるのですが、「あーあーあー」としか聞こえなくて、子どもだから障害を理解していなくて萎縮してしまっていたんです。ある時、その現場に母親が出てきて、「あーあーあー!」って大声でそのおばあさんと会話をしていて(笑)。言葉じゃない言葉で話しているのにそれが通じ合っているんです。武田百合子さんの本を読むと、そういう、子どものころに抱いた懐かしい感覚を思い出します。

—カッコイイお母さんですね!

私たち5人姉弟を育てながら会社の手伝いもして、さらに近所の人たちや仲間が集まる場を仕切るような母親だったので、とにかくサービス精神が旺盛なんだと思います。今も、『チオベン』のお弁当づくりを手伝いにもきてくれるんですよ。

 
「楽しさを届けたい」が仕事のモチベーション

—『チオベン』で、これからやってみたいことはありますか?

フリーズドライをやってみたいんです。『チオベン』の1500円のお弁当にはスープが付いているのですが、どれだけ熱くして運んでも現場では常温になってしまうので、それをどうにかしたくて。フリーズドライなら、お湯入れるだけで温かいスープを飲んでもらえると思いつきました。

—食べる人と、そのシチュエーションを考えてフリーズドライにチャレンジする。まさに、お母様のサービス精神を受け継いでいるように感じます。

もちろん食べる人のことは考えていますが、それよりも、「フリーズドライをやったらうけるだろうな」という考えが先でした(笑)。私たちの作ったお弁当を食べるときに、フリーズドライのスープに喜んでもらったり、「スープが温かいね」という会話が生まれたら、うれしいなと思って。

—「うけること」が仕事のモチベーションとは、すてきです。そうしたところも、『チオベン』のファンが増えている理由なのかもしれません。

例えばこういう取材を受けるときも、きちんと話をしながら面白い話もすると、「あの雑誌に出ていたね」とか、「楽しい記事だったね」というふうに、まわりが反応してくれやすいと思うんです。そうすると、まだ『チオベン』を知らない人にも、私たちのお弁当を食べてもらうきっかけが生まれやすくなるんじゃないかなと思うんです。

—お弁当だけでなく、取材も「うけること」が狙いなのですね(笑)。

母親から譲り受けたサービス精神が一番現れているのは、この部分かもしれません(笑)。


※1 武田百合子:随筆家。1925年生まれ。作家である武田泰淳の妻で、夫の死後に、一緒に過ごした富士山荘での生活を描いた『富士日記』を出版。日常生活を鋭い視点で淡々と描いた文体で処女作ながら高い評価を受け、田村俊子賞を受賞した。1993年死去。
※2 向田邦子:脚本家・エッセイスト・小説家。1929年生まれ。1980年に連作『花の名前』『かわうそ』『犬小屋』で第83回直木賞受賞。料理が得意で、執筆活動をしながら「女性が一人でも気軽に寄れるお店」をテーマに妹と小料理屋を営んでいた。1981年死去。



周りを気遣いながら、「ウケ」もねらうチャーミングな山本さん。笑いの絶えないインタビューでした。
 
interview_ 石川歩 photograph_ 古末拓也
 取材・撮影:2017年12月