豊かに暮らすひと

「ダブルローカル」が起こす楽しいハプニングのある暮らし<3/5>
後藤寿和さん・池田史子さん デザインユニット『gift_』

清澄白河の駅前に建つ昭和8年竣工の「清洲寮」。後藤寿和さんと池田史子さんのデザインユニット『gift_』(ギフト)は、2014年に清洲寮1階の元駐車場にギャラリー・カフェ・デザインショップ・オフィスの複合空間『gift_lab GARAGE』をオープンしました。新潟県十日町市松代にあるもうひとつの拠点『山ノ家』と東京の清澄白河を行き来する「ダブルローカルライフ」を実践しながら、「何かが起こる場」づくりに取り組み続けるおふたりに話を聞きました。

新潟県十日町市の民家を「自分たちの居場所」兼カフェ&ドミトリーに
 

—カフェ構想は2012年、新潟県十日町市の松代にオープンした『山ノ家』で実現しました。どのような経緯で『山ノ家』を立ち上げることになったのですか?
 
池田さん 恵比寿に事務所を置いて6年経った時に、東日本大震災が起きました。やはり、この震災をきっかけに意識が入れ替わったと思います。
 
エネルギーもモノも消費するだけの都市圏にこのまましがみついていていいのか…?という思いが生まれました。何かを生み出すことのできる場所、オルタナティブな場所が必要なのではないかと。
 
震災そのものもそうですが、原発問題の影響に不安を感じて、私たちの周りで、特に子育て中のフリーランスのクリエイターさんたち、「東京にいないと生きられない」と言っていたような人たちが、果断に西日本の実家に戻ったり、海外に移住して東京を出ていくのを見て、人はいざとなったら動けるものなんだなと思ったんですよね。
 
 後藤さん そんな時、震災から3ヶ月後くらいの時期に、『大地の芸術祭 越後妻有アート トリエンナーレ』(※2)の空き家プロジェクトで空間デザインのお声がけをいただいて、僕が現地まで物件を見に行ったんです。
 
池田さん 物件を見た後藤が、「楽しそう!」って興奮して帰ってきました(笑)。
 
—クールなイメージのある後藤さんが興奮するとは…どんな物件だったのですか?
 
後藤さん
 新潟県十日町市にある松代駅から歩いて5分くらいの、古くからの街道沿いにある民家でした。古民家とかではなくて、普通の築40年超の家なのですが、僕はこの普通さが逆にやりがいがあるなと思ったんです。
 
話を聞くと、この家をどう使うか、どんな形にするかは決まっていなくて、僕たちが100%好きにやれると聞いて、楽しそうだなと思いました。
 
—思わぬ場所から、後藤さんのカフェ構想が実現できそうな場所が現れたのですね!
 
後藤さん そこでカフェをやったら、広く開かれた場所で、地元の人や大地の芸術祭に訪れる人たちなど、自分たちとは全く違う人たちとつながって、文化交流をしていけるのではないか、と妄想しました。
 
元々この物件は、街道沿いに雪国の伝統的な建築を復活させるという十日町市がやっている街並みづくりプロジェクトの一環に入っていて、そのプロジェクトの第1号でした。そこで何かやる人を探していて、縁あって僕たちにも声がかかったんです。

ギフトが新潟県十日町にオープンしたカフェ&ドミトリー『山ノ家』。雪国の伝統的な建築の外装を継承している。


—その場所で、カフェと宿をオープンする案は、どのように決まったのですか?
 

池田さん いわゆる「移住」をする気はなく、とはいえ、「東京以外にもオルタナティブな日常の場を持てたら」というイメージは持っていたので、自分たちの日常の居場所をつくる感覚で、寝る場所と食べる場所=宿とカフェという発想が初期段階から自然にありましたね。都市圏から行き来する人のシェアハウス、合宿所のような存在にしたいと考えました。
 
後藤さん 当初は空間デザインやコンセプトデザインの立場で関わり始めたのですが、プロジェクトが進んでいく流れの中で、だんだん僕らに運営までやってほしいという話になっていったんです。プロジェクトに関わった当初は事業主になるという認識はまったくありませんでしたし、正直困ったなと思っていました(笑)。
 
事業主になってしまうに至るプロセスで、辞めるタイミングはいくつもあったはずだけれど、結果として、辞めなかった。意識の奥では、未知の場所で新しいものごとをつくることにワクワクしていたんだと思います。

『山ノ家』カフェの様子。すぐ動かせるように工夫された家具がシンプルに並ぶ。1階がカフェで、2階がドミトリー。


地元の人を巻き込んでイベントづくり
 
ー『山ノ家』を始めてみて、まわりの反応はどうでしたか?
 
池田さん 芸術祭の期間中にオープンしたので、地元・松代の人には芸術祭のコンテンツの一環だと思われていたようです。芸術祭が終わってもずっと私たちがいるから、「あの人たち、なぜまだいるの?」って(笑)。
 
9月に芸術祭が終わるとぱたりとお客さんが来なくなって、10月からはノーゲストでした。正直言って、ここまでの落差は覚悟できてなかったですね。そこで、何とか東京方面から人に来てもらうためにイベントを企画してみようということになりました。
 
元々空き家プロジェクトの話を私たちに持ち込んでくれた地元の方と相談をして、ちょうど稲刈りが終わって穫れたての新米の季節だったということもあって、旬の山のキノコと一緒に楽しめるようなイベントをしたらどうだろうということになりました。日本でも有数の松代の棚田を眺めて、キノコ狩りをして、羽釜で炊いた新米と、自分たちの手で採って来たばかりの山の恵みでキノコ汁を作って楽しんでもらう、ワークショップイベントが出来上がりました。
 
この山の自然と大地の恵みを体感するワークショップは、寒仕込みの味噌づくり、春の山菜摘みや田植え体験などの開催へと発展していきました。

山ノ家立ち上げ当初にギフトが企画した棚田見学とキノコ狩りイベントには、東京の友人たちが集まった。


—地元の人とつくるイベントは、都市部から来る人には新鮮なのでしょうね。
 
後藤さん 松代には『茶もっこ』(※3)という地域の伝統的なもてなしの習慣があるのですが、ワークショップをサポートしてくれている方を始めとする地元の有志のみなさんと『山ノ家』とで、この『茶もっこ』を手づくりの小さなお祭りイベントとして定期的に開催しています。
 
回を重ねるたびに参加者が増えて、今では100人が参加するイベントになりました。『山ノ家』や有志のみなさんのお宅を家開きして、それぞれの会場でそれぞれのおもてなしを受けながら、食べ歩き飲み歩きして、外からの参加者と地元の人が楽しく交流しているんです。『茶もっこ』が、知り合うはずのない人たちが語り合い出会う場になっていて、僕らもうれしいです。
 
池田さん 地元の方たちは、半移住とはいえ今では地元民の一種だと認めてくださっている感じです。回覧板も回って来ますし、山間地域ならではの伝統である「道普請」(山道掃除当番)にも声が掛かります。
 
『山ノ家』がある松代はもともと宿場町だったということもあってか、旅人やよそ者に対してもあるがままにおおらかに受け入れてくれる懐深さがあるように思います。
 
—東京と十日町の二拠点をどのようなサイクルで行き来しているのですか?
 
池田さん 今、私は2週間ごとに東京と十日町を半々に行き来しています。後藤は、月に1〜2回、『山ノ家』でイベントを行う時などに十日町に駆けつける感じですね。
 
移動に時間もかかるし、東京でも十日町に行ってもずっとそれぞれの仕事があって休みの日は事実上無いのですが、十日町に行くと東京での日常がオフになって、逆に東京に行くと十日町での日常がオフになる。忙しくても、むしろこのもう一方の場所へ移動すること自体がリフレッシュになっている感じです。どちらに帰っても、「ただいま」なんです。
 


※2『大地の芸術祭 越後妻有アート トリエンナーレ』2000年から3年に1度開催されている、新潟県十日町市・津南町を舞台にした世界最大級の地域国際芸術祭。
※3『茶もっこ』かつて宿場町だった松代で、旅人を軒先に招き入れてお茶を振る舞う松代ならではの風習。

かまくらの中でどぶろく鍋とどぶろくを楽しむ『かまくら茶もっこ』。日本有数の豪雪地帯である松代ならではの風景。