くらし談義

人が集まり、何かが生まれる。
食を通して、居心地のよい場をつくる。<1/5>
原川慎一郎さん 「BEARD」オーナーシェフ RichSoil&Co. 代表

目黒の住宅街にある12席のほどの小さなビストロ「BEARD(ビアード)」。駅から徒歩10分の場所だが、いつもたくさんの人で賑わう人気店だ。オープンなキッチンにレンガの壁、フラットにつながるモルタルの床には、ヴィンテージ家具が無造作に並ぶ。オーナーシェフの原川慎一郎さんは、家のような場所をつくりたいという思いから、この空間をつくり上げたという。そんな原川さんの生き方や大切にしていることから、“食”を通じて豊かに暮らすことのヒントが見えてきた。

PROFILE

BEARD」オーナーシェフ。渋谷「コンコンブル」、フランス・ブルゴーニュの「ラ・マドレーヌ」、奥沢「ラ・ビュット・ボワゼ」、三軒茶屋「uguisu」などのレストランでシェフとして経験を積み、2012年7月、目黒に「BEARD」をオープン。「Nomadic Kitchen」などをはじめとした食に関わる活動にも取り組んでいる。鹿児島で開催される音楽・アート・食などを融合した体験型フェスティバル「GOOD NEIGHBORS JAMBOREE」などのイベントにも積極的に参加。近々「Chez Panisse」の総料理長だったジェローム・ワーグとともに新店舗をオープンする予定。

レストランというよりも家のような場所をつくる

―「BEARD」は少し駅から離れていますが、いつもたくさんの人で賑わっていますね。どのようなお店なのですか?

原川さん いろんな人が集まって、そこから何かが生まれる場所をつくりたくてこの店を始めました。カナダに住んでいたときに友達の家に遊びに行くと、アイランドキッチンと一体となった大きなカウンターがあって、そこに皆が集まって食べたり飲んだりすることがよくありました。そういうのがいいなと思って、家庭のオープンキッチンというイメージでつくりました。レストランというより家のような場所にしたかったので、厨房とお客さまの境目をなくすために床もフラットにしています。

また、旅が好きで、旅先で「この場所好きだな」と感じるカフェやレストランなどに出会ったときの感覚を大切にしています。「BEARD」も目黒駅から歩いてここに来て、入った瞬間にどこかに旅しているような、異空間に迷いこんだような感覚になってくれたらいいなと考えました。つかの間の非日常を過ごせる居心地のよい場所にもなればなあと。

空間のテイストは、洋書に載っていたブルックリンにあるイタリアンの店の写真が、頭のなかで描くイメージに近かったので、それに近い物件を探して、ここに辿り着きました。木造2階建のこの建物は、2階は住居で今も人が住んでいます。1階は元床屋さんだったのですが、通りに面して大きな窓があることが気に入りました。内装は「DAIKEI MILLS(ダイケイ・ミルズ)」の中村圭祐さんにお願いしたんですが、洋書の写真を見せて「こんな雰囲気で」とお願いしてイメージ通りに仕上げてもらいました。



目黒駅から少し離れた住宅街の一角に佇む小さいなお店「BEARD」。夜になると、この印象的な大きな窓から、たくさんの人で賑わう雰囲気が店内の明かりとともにこぼれる。

―「BEARD」はビストロということで、フレンチベースのお料理が中心なのですか?

原川さん 修業してきたのがフレンチの店だったので、フレンチがベースなのでしょうけど、自分では意識はしていません。メニューは毎日違っていて、全国の生産者さんからその日に届く食材を使って、そのときに手に入るもので「何をつくろうかな?」と考えます。その日食べて欲しいものをノリや気分で決めているので、何となく基本の要素はあっても、全く同じメニューは繰り返しません。「あれが美味しかったからまた食べたい」と言ってくれる人もいますが、僕自身がつくり方を覚えていないことも多いんです(笑)。

フレンチの料理人の方と話していると、すごく美味しいエビが手に入ったときに、「焦がして焼いて塩をかけるだけで美味しいけど、それを店では出せない」と言う人が多いです。でも僕は、美味しいと思えばそれを迷いなく出します。食材や調理法を選んで、調理することに技術が活きていると思うから、必ずしも複雑にすることが料理ではないと考えています。

―農家さんを始めとした全国の生産者さんと直接つながって、当日に届く食材ありきでメニューを考えるようになったのはなぜですか?

原川さん 一般的には料理をつくるときは、最初に頭で考えて、このメニューをつくりたいと決めて、それに必要な食材を集めますよね。店をオープンしたばかりのときは僕もそんな感じで、新しい料理の組み合わせとか、今東京にないスタイルとか、どうすれば他と違うものが生み出せるかなどを頭で考えていました。でも生産者さんと直接話すようになって、農業のことなどを深く知るようになってくると、自分が考えることよりも、食材の美味しさをダイレクトに伝えたいという思いが強くなってきて、それに専念するようになりました。
 
そのきっかけになったのが、アメリカ西海岸のバークレーにある「Chez Panisse(シェ・パニーズ)」というレストラン。オーガニックや地産地消、食育などを45年以上前から実践し続け、ムーブメントを起こし続けている店です。実は2012年7月に店をオープンしてすぐに、前から興味があった「Chez Panisse」で働く機会を得て、2週間渡米しました。そこで彼らのカルチャーに触れて、ものすごく影響を受けたんです。農場などに連れて行ってもらったりして、シェフや生産者さんたちの素材や食へのこだわりを知り、自分が扱っている食材は、どこからきて、どういう人がつくっているのかということに興味を持ち始めました。
 
それからは、鎌倉まで電車で通って、鎌倉市農協連即売所(通称:レンバイ)で野菜を仕入れたり、築地に通ってみたり、青山ファーマーズマーケットにも毎週出かけるようになりました。そんなことを続けているうちに、いろいろな人と知り合い、徐々に全国の農家さんなどを紹介してもらうようになり、生産者さんとのつながりが深くなっていきました。生産者さんとの距離が近くなり、それぞれの方の想いを知ると、自分も料理をすることで、食べてくれる人にその存在や想いを伝えていきたいと思うようになりました。


厨房との境目のないようなオープンキッチンと大きなカウンターテーブル。オフホワイトの壁には、風景画や写真、彩りのあるイラストのカレンダーなどが飾られている。